心のこと

心の自由の象徴~ティファニー ビーンのネックレス

2017/01/13

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世の中がバブルに沸きたっていた頃、私は中学生だった。
テレビに映し出された、クリスマスに赤坂プリンスホテルに宿泊するために一年も前から予約する人(相手がいなくても予約するらしい!)やティファニーに並ぶ大行列を、ぽかんと眺めていた。
地方に住む中学生には全く想像のつかない、縁のない話だった。

そんな私にもささやかなバブルの波が訪れる。

母親が愛読している通販雑誌にティファニーのアクセサリーが掲載された。
「これが噂のオープンハートかあ」と食い入るように写真を見つめていた。
そうしたら突然、母親が「買ってあげる」と言ったのだ。

誕生日でもないのに何かを買ってくれるなんて、滅多にないことなので激しく驚いた。
母親は注文ハガキをいそいそと用意している。
ハートを身に着けるのは気恥ずかしかったので、その隣に掲載されていた、同じく流行していた空豆型のビーンというネックレスをお願いした。
数日後、テレビの中にしか存在しないはずの水色の箱が、私の手元に納まっていた。

 

しかし、そのネックレスを身に着けることはなかった。
片田舎のお洒落に疎い中学生が、東京で流行しているものを身に着けるなんて、身分不相応な気がして恥ずかしくてたまらなかったのだ。

そのうちバブルが崩壊した。
ティファニーのネックレスは時代遅れの遺物のような気がして、やはり恥ずかしくて着けられなかった。
水色の箱は、引き出しの奥に長い間眠ることとなった。

 

それから幾年も経ち、その水色の箱を久々に発見したときは、巾着袋は黄ばんでおり、シルバーのビーンは変色し、真っ黒な黒豆になっていた。
(バブルの遺物だよなあ、今更どうにもしようがないなあ。)
そう思ったが捨てることもできず、もう一度引き出しの奥に仕舞い込んだ。

石鹸で洗い、クロスで磨いた後のビーン

石鹸で洗い、クロスで磨いた後のビーン

2016年の夏が来た。
私はアクセサリー類はゴールドが好きなのだけれど、今年の夏は久々にシルバーのネックレスが欲しくなった。
ふと、ティファニーのネックレスのことを思い出して、引き出しの奥から取り出した。
手に付きそうなくらい真っ黒に変色したネックレスを石鹸で洗い、シルバー用のクロスで拭いてみた。
家での手入れには限界があって黒光りの段階までしか綺麗にならなかったし、バブルの遺物だという印象も変わらなかったが、ビリーフが解消し様々な思い込みから解放された私は、こう思った。

「かわいい!」

エルサ・ペレッティがデザインしたネックレスは、たっぷりとシルバーを使ったコロンとした贅沢な丸みが素敵だった。
若い女の子用のネックレスだと思い込んでいたが、小さな空豆型のネックレスは私の鎖骨にしっとりと納まり、全く違和感がなかった。

 

よし、ティファニーに行こう!
ティファニーではアクセサリーのクリーニングサービスを店舗で行っている。
少し前なら、こんな昔のアクセサリーをティファニーの方に見せるなんて恥ずかしいと思っていただろう。
しかし、今なら大丈夫。
黄ばんだ巾着に黒光りするネックレスを入れて、銀座のティファニーへ向かった。

「真っ黒なんですけど...」とネックレスを店員の方に渡すと「これくらいなら大丈夫ですよ」と返事が返ってきた。
5分後、新品同様にピカピカと輝くネックレスを持って店員さんが戻ってきた。

ティファニーで磨いてもらった後のビーン

ティファニーで磨いてもらった後のビーン

この夏、このネックレスはとても活躍をした。
手に入れてから27年目にして、ようやく日の目を見たのだ。

私は、自分を縛り付けていた思い込みを手放して、シルバーのネックレスを手に入れた。
周囲の評価を気にすることを止めて、いい悪いを自分で決められる判断力を手に入れた。
変なプライドを捨てて、プロの力を借りる素直さを手に入れた。

この自分の変化がとてもうれしい。

空豆型のネックレスは、この夏、私が手に入れた心の自由の象徴となった。

 

 

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