心のこと

自分の個性を発揮したいなら、余裕の獲得が近道である

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型を知らないと余裕が生まれない

手探りのまま数ヶ月経過

このブログを書き始めて8ヶ月にもなるのに、ブログ記事のタイトルを付けるのが苦手である。
一目で内容が分かるようなタイトルにしたいと思うと、あれもこれも盛り込んでタイトルが長くなる。
しかし、一目で読み取れない長すぎるタイトルは、かえって分かりにくい。

ブログ界では28文字前後が適切な長さと言われているが、それが難しい。
私の場合、ひとまずタイトルが思いついたら、文字数を数える。
大体15文字くらいと短い。
そこから文字を増やし、また文字数を数える。
40文字くらいと長くなる。
そこから文字を削り、またまた文字数を数える。
延々とこれを繰り返している。

 

型を手にした感激

先日、ブログ開設の師匠のものくろさんが、こう呟いた。

ブログ記事のタイトル、28文字から30文字にまとめるのは、「5 7 5 7 7 」の短歌なんだなぁ

それを読んで「分かったぞーーー!」と叫びたくなった。

私は、短歌が好きだ。
小学校2年生のときの担任の先生が歌留多クラブの顧問をしていて、教室に百人一首が置いてあり、休み時間にそれを使って遊んでいた。
家に百人一首の解説書があったので、覚え始めた。
これをきっかけに平安時代の文学に興味を持ち、自分でも下手な短歌を作ったりもした。
最近はすっかり忘れていたが、幼い頃からずっと触れていた三十一文字のリズムは体に染み付いている。

これまでブログのタイトルの28文字については長さの感覚がなかったので、暗闇で手探りしながら文字数の調整をしている感覚だった。
しかし、31文字なら、体が感覚を覚えている。
暗闇で手探りしていた状態から、一気に地に足がつき、明るい場所で地図を手にした気分になった。

 

型がないとしどろもどろになる

暗闇で手探りする感覚は、昨年のテレビ収録の際にも感じた。
あのとき、コメントする際は30秒程度で、と言われていたのだ。
そう言われつつも、目に入るところに時計はない。
ただ自分の感覚だけで30秒を測りながら話さなくてはいけないのだが、30秒がどれくらいの長さか全く見当がつかず、暗闇で手探りをする感覚になった。
ディレクターさんには編集するから気にしなくていいよと言われていたが、自分の発言中に他の方が発言を求めると、自分が長く話しすぎたかと心配になってしまい、しどろもどろになってしまった。
(しどろもどろの原因はこれ以外にもあるが)

一方で、司会のアナウンサーも、出演しているタレントも、「これを5秒で言ってください」といった要望に見事に応えていた。
時間の感覚が身につくと、こういうことができるのかと驚いた。

 

型を身につけること

型を知ることで新しいものを生み出す余裕が生まれる

28文字も30秒も、一つの型である。
その型についての感覚がないと、暗闇で手探りをしているような気持ちになる。
しかし、その型を体で覚えると、地に足がついたような、どっしりとした気持ちになれる。

私は普段から、型に縛られたくない、と思う方だが、地面に足をつけて踏ん張るには、型を体に覚えさせることが必要だったのだ。
地に足が付いていないと、試行錯誤でしどろもどろになる。
しどろもどろをいくら繰り返しても、新しいものは生まれない。
型を知り地面にどっかり足がつくと踏ん張ることができるから、そこに新しいものを生み出したり、自分の個性を載せる余裕が出てくるのだ。

 

型を体に覚えさせる方法

実は、ブログを開設したとき、ものくろさんから、28個並んだ四角がいくつもプリントされている紙をもらっていた。
ブログのタイトルをつけるときは慣れるまでこれを使いなさい、と言われていたけれど、紙に書くのが面倒で使っていなかった。

でも、ようやくあの紙の意味がわかった。
あれは、型を体に覚えさせるためのものだったのだ。

なんとなく28文字を探っているだけでは、いつまで経っても型は身につかない。
しかし、並んでいる四角を見ると、28文字の長さが一目でわかる。
ブログを書くたびにこの四角の列を眺めて、そこに言葉を入れていくことが型を身につける方法だったのだ。

まず型を把握する。
そこに自分を入れることを、何度も何度も繰り返す。
そうすると、型を体が覚え、意識しなくても感覚で出来るようになる。
そこで初めて地面に足がつき、自分の個性を存分に発揮できるようになる。

私は、型を覚える工程を、面倒くさいというしょうもない理由でさぼったせいで、随分と遠回りをしてしまったようだ。

師匠のものくろさんのサイト

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