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BAR DORAS もし僕らのことばがウィスキーであったなら、の本当の意味を知る

2017/05/04

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『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』

村上春樹氏の著書に『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』という旅の本がある。
そのまえがきにこういう言葉がある。

「もし僕らのことばがウィスキーであったなら(中略)、僕は黙ってグラスを差し出し、あなたはそれを受け取って静かに喉に送り込む、それだけですんだはずだ。とてもシンプルで、とても親密で、とても正確だ。」

この文章を読んで唸らされた。
ああ、ほんとうに、自分の心にあるものをそのまま取り出して相手に味わってもらえたら、ストレートに思いを伝えられるのに。

この文章がそんな単純な意味ではないと知るのは、10年以上後のことになる。
私の思いを代弁するものとして、お酒があるのではない。
お酒は、それ自身が、物語を内包しているのである。

そのことを教えてくれたのは、BAR DORASだった。

 

BAR DORAS

浅草、花川戸。
浅草駅から隅田川沿いの道を進むと、ひっそりとそのお店はある。
DORASとは、扉という意味のゲール語で、ドラスと読む。

DORASの扉をそっと押す。
店内は、ほの暗い。
カウンターに腰掛け、目を凝らす。
暗闇に慣れてきた目に、棚にぎっしり並んだ酒瓶と、かすかな光を受けてキラキラとするグラスの列が見えてくる。

 

お酒の声を聞く

お酒と向き合う

何を飲むかは、マスターの中森さんにお任せする。

DORASにあるお酒は、すべて中森さんがヨーロッパで買い付けてきたものだ。
中森さん自身が蒸留所をめぐる。
ブドウの木に触れ、その土地の空気を感じる。
たくさんの樽からテイスティングをする。
これだと思うものを、日本に送る。
そして、カウンターに座る私の前に置かれる。

グラスを手に取らずとも、華やかな香りが鼻腔をくすぐる。
それだけでもう「美味しい」と呟いてしまう。

琥珀色の液体をそっと口に含む。
目の前に、40歳代後半くらいの美しい女性が現れた。
ふくよかな甘さが華やかな香りとともに伝わってくる。
口から喉に通り抜ける熱い刺激は、これまでの人生に裏付けされた彼女の自信を表しているようだ。

友人の前に置かれたグラスを回してもらう。
こちらのグラスにいるのは若い女性だった。
繊細でみずみずしい。
自分が持つ魅力にまだ気づいていないのか、どう主張していいかわからない様子で、ただ自然と魅力がこぼれ落ちている、そんな女性だ。

 

お酒のパートナー

DORASでは、出てくるアテにも中森さんの厳しい目が配られる。
お酒との相性が考え抜かれているのだ。
この2人の対照的なコニャックには、手作りのオレンジピールを添えてくれた。

オレンジピールを口にし、またお酒を飲む。
自信に満ちた女性は、オレンジピールを隣に立たせ、微笑んだ。
自分に自信のある美しい人は、他の美しい人と張り合うことはしない。
むしろ、美しい人が隣にいると華やかになり、更に自分の美しさが引き立つことを知っているのだ。

一方、繊細な女性は、そっとオレンジピールを包み込んだ。
オレンジピールのかすかな苦味を隠した甘さを、香り豊かなものにしている。
魅力的な人に寄り添うことで、自分の魅力が更に引き出される。
それが無意識にできる女性のようだ。

友人と目が合って、二人で同時に笑ってしまう。
「こういう女性達、いるよね。」
女同士だからこそ分かる連帯感のようなものが生まれ、友人と私、そして2人のお酒、という4人の女で、しばし盛り上がる。

 

饒舌なお酒

2人の女性の後、さらに2人のコニャックを紹介してもらった。
一人は若く、紳士を目指しているような背筋の伸び方が微笑ましく、もう一人は頼り甲斐のある町の男という様子で、お酒の奥深さを感じさせる。

 

店を出て、友人が言う。
「魅力的な人と出会って、たっぷりお喋りしたような高揚感!」

そうなのだ。
DORASの店内では、友人も私も無口になる。
それなのに、いつも帰るときには、たっぷりお喋りしたような充実した心地よさがある。
お酒が口の中で語る声に耳を傾けていると、ついつい聞き入り、語り合っているような気持ちになるのだ。

 

中森さんの出すお酒は、どうしてこんなに饒舌なのか。
それは自分に置き換えるとよく分かる。

私が誰かに心を開くときはどういうときか。
相手が自分のことを理解してくれていると感じるとき。
自分の欠点ですら理解して受け入れてくれているとき。
そんな相手には、安心して心を開くことができる。

お酒も一緒なのだ。

中森さんはお酒を愛おしそうに大切に扱う。
お酒が空気と馴染み、開くのをゆっくりと待つ。
お酒が居心地よくいられるグラスを選び、グラスとも馴染ませる。
お酒を焦らせることはしない。
中森さんがお酒のペースに合わせて動く。

一方で、樽から直接詰められた原酒は、意外な頑固さを持っている。
まさか、水を嫌うのだ。
コニャックの余韻が濃く残る口に、水を含むとよく分かる。
柔らかく広がっていた残り香が、まるで口の中でばちっと音がするかのような激しさとともに、隠れてしまうのだ。
固く縮こまり、殻に入ってしまう。
苦手なものから徹底的に顔を背ける頑固者であるが、中森さんはこの頑固さでさえ、愛おしく思っている。
「試しに水を飲んでみたら」と私たちに勧める表情は、悪戯小僧のようだ。
明らかにお酒の頑固さを楽しんでいる。

ここまで自分を受け入れてくれるのであれば、お酒だって心を開く。
だからBAR DORASのお酒は、どれも饒舌に自分の持つ物語を話してくれるのだ。

 

お店情報

BAR DORAS
東京都台東区花川戸2-2-6
03-3847-5661
定休日:水曜・第3火曜
営業時間:[月~土]19:00~翌3:00 [日・祝]18:00~翌2:00

BAR DORASの本

本からインスピレーションを受けて書いた記事

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