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2011年3月11日、仙台ではたくさんの流れ星が見えた〜「星空とともに」2017

2017/03/11

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2011年3月11日

仙台ではそれまでにないほどのたくさんの流れ星が見えたらしい。

 

西公園のプラネタリウム

仙台に西公園と呼ばれる広大な公園がある。
かつて西公園には市民図書館があって、本が好きな母親は幼い私を連れて西公園に通いつめていた。

西公園には仙台市天文台のプラネタリウムがあった。

どれだけ季節が変わっても、プラネタリウムの始まりは一緒だった。
まず仙台の街並みが映しだされる。
だんだんスクリーンが暗くなっていき、ビルに明かりが灯りだす。
その日の夜空がぼんやりと浮かび、星が瞬き始める。

ナレーションが入る。
「街の明かりで、暗い星は見えません。もし街に明かりがなかったら、どういう夜空になるでしょう。」
そしてビルの灯りが全て消え、こぼれ落ちそうな数の星が映しだされる。

 

「星空とともに」

仙台市天文台が作った「星空とともに」というプログラムが日本全国で上映されていることを知ったのは昨年のことだった。
2011年3月11日の仙台の星空をテーマにしたものだ。

 

2011年3月11日

プラネタリウムは、30年前と同じように、仙台の街並みを映し出すところから始まった。
30年前と同じように、だんだんスクリーンが暗くなっていく。

しかしビルに明かりは灯らない。
そのまま街は闇に包まれていき、やがて、こぼれ落ちそうな数の星が映しだされた。

プラネタリウムでしか見ることが出来ないはずの星空が、この夜、仙台の上空に現れたことをナレーションが告げる。

 

未曾有の災害に襲われたあの日、仙台は吹雪に見舞われた。
ひたすらに寒い夕暮れ。
夜が更けた。
雪は止んだ。
そして、灯りを失った街の上空に、満天の星空が広がった。

足元は見たこともない悲惨な景色。
天空には見たこともない美しい星空。

その光景に自然の残酷さを思う人。
たくさんの星たちを見て、無邪気にはしゃぐ子供達。
この星空が人生の最期に見た景色かもしれない、と死者に思いを馳せる人。
この星を道標として、大事な人が迷わず天国に着くようにと祈る人。

ラジオから聞こえる「あと◯時間で夜があけます、がんばりましょう」の声。

星以外に何も見えない空の下で、たくさんの人のたくさんの想いがあった。

 

仙台ではそれまでにないほど、たくさんの流れ星が見えたらしい。

大災害の翌朝は放射冷却現象で、とてもとても寒かったらしい。

 

一年後・2012年3月11日

プログラムが終盤となり、あの日から一年後の2012年3月11日という日付が映し出された。
ビルに明かりが灯った。
夜空が随分と明るくなった。
時が進み、星が動き、空が明るくなり、太陽が昇る。
時計は2012年3月12日の朝を示している。

 

この終わり方も30年前と変わらない。
ただ30年前と違うのは、見える星の数が段違いに少なくなっていることだ。
漆黒の闇を経験した街は明かりを取り戻し、今では幼い日の思い出よりも明るい光を放っている。

人は強い。
泣きながら、祈りながら、立ち上がり、生きていく。

でも、どんなに街が明るくなっても、あの満天の星空を忘れることはないだろう。
たくさんの悲しみと、祈りと、星たちを、胸に抱いて、生きていく。

 

今年も「星空とともに」が上映されます

今年も日本全国で、仙台市天文台が作成したプログラム「星空とともに」が上映されています。
あの夜の満天の星空と、立ち上がる人の強さを、どうか見て欲しいのです。

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