心のこと

立花岳志さんの個別コンサル2回目

2016/08/15

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先日、立花岳志さんの個別コンサル2回目を受けた。
立花さんはプロブロガーとして活躍されているけれど、立花さんのコンサルはブログコンサルに留まらず、生活全般、仕事、ライフスタイル、心の問題など、その時抱えている悩みや迷いを相談できる。
今回は、ちょうど壁にぶち当たっていたので、悩みを聞いてもらうことにした。

 

その悩みとは、一言で表すと息苦しさである。

今月の頭に、日々の目標を作って、それを毎日こなすというのに一週間取り組んでみた。
その時の記事がこれ→

この時たてた目標は、たいして難しいものではなく、順調にこなすことができた。
ところが、毎日やると決めたことが片付いて楽しくなるかと思いきや、私は、とても怖くなってしまった。
この恐怖は、不安ではない。
狭い箱に閉じ込められるような、息苦しさなのだ。

ブログを書き始めて、毎日が楽しくなって、この楽しさをもっと加速させようと思って作った目標なのに、怖くて息苦しくて嫌になって、モチベーションまで落ちてしまった。
5年後、10年後の目標を立て、そこから逆算して年次や月次の目標を立て、それをひたすら追い続けるのが夢をかなえる近道だといろんな本に書かれているのに、どうして私にはできないのだろう。

そもそも◯年後の目標を決める、ということが私は苦手だ。
1年後という短期であっても10年以上の長期であっても苦手だ。
自分が将来ありたい姿を考えて目標を決めたはずなのに、決めた途端にそれが色褪せてつまらないものになる。
そうなると、目標に向かって日々行動しても、順調に進めば進むほど逃げたくなる。

それなので、私の将来の目標は常に「◯年後、今の頭では思いつかないことをやっていたい」である。
これが唯一受け入れられる目標なのだ。

 

このことを立花さんに話してみた。
そうしたら、あっさり「それでいいんじゃないですか?」と返ってきた。
「僕も、実は独立してから6年目になりますけど、売上目標は立てたことないんですよ。」
「前は、将来のありたい自分から目標を作って…とやってましたけど、もう止めました。」
と、驚きのことをさらりと話した。

そして、私のモヤモヤが一瞬で解消する言葉を繰り出してきた。
「将来の目標を決めるということは、過去の自分が未来の自分を規定するということですよね。」
息苦しさの原因はこれだったのだ。
私は、何者にも規定されたくはない!

こう気づいた瞬間に、私は大草原の真ん中に立っていた。
心地よい風が吹き、解放感がある。
でも周りには何があるか分からなくて不安だ。
どちらに進めばいいか分からなくて怖い。
私の心は解放感に喜んでいるが、私の頭は不安を訴える。
いったいこの先どうすればいいんだ!
頭の中の何かが叫ぶ。

私の頭は立花さんに食い下がる。
えーと、でも、目標を立ててそれに向かうことが、一番効率的じゃないですか?
立花さんは逆に聞く。「効率的に生きるとはどういうことでしょう?」
芳村思風さんという方はこう言ったそうだ。
「効率的に無駄を省いて、早く死にたいのですか?」
私の頭で暴れていた何かが、そのとき膝から崩れ落ちた。

 

私の頭の中で暴れていた何か。
それは理性という名前のもの。

理性で感情をコントロールすることが大切なことだと、幼い頃からずっと思っていた。
理性を自分の中で一番上位に置いていた。
でも私の感性は、理性を無視してノビノビしたがっていた。
このせめぎ合いが息苦しさを生んでいたのだ。

 

20世紀は、物を大量に生み出すことが求められていた。
そこでは効率良く生産性を高くすることが、富を生み出すことであった。
でも21世紀の日本では、物はもう既に大量にある。富の流れも既にある。
理性の時代は終わった。
感性の赴くまま、流れに身を委ねればいい。

この時代での理性の役割は、感性から湧き出たものを使いこなす、ということだ。
感性1st、理性2nd。
主役はあくまでも感性で、理性は感性を引き立てる脇役である。

こう教えてもらって、暴れていた私の理性は落ち着きを取り戻した。
自分に役割があることが嬉しかったようだ。
芳村思風さんの本を紹介してもらったことに対しても、理性は喜んでいた。
どうやら私の理性は、常に何かをしていないと落ち着かないらしい。
本を読む、というやることができて安心していた。

 

感性を主役にして生きるにはどうすればいいのだろう?
損-得ではなく、快-不快で選ぶといいらしい。
確かに、損か得かを考えるのは理性の役割だ。
それに対して、快か不快かは、生まれたての赤ん坊が持っている唯一の感情で、言葉を会得する前から自分に備わっている、心の一番奥底にある感情だ。

ただ、私は長年、理性を優先して生きてきたので、何が自分にとっての快なのか自分で分からない時がある。
心から湧き出る快なのか、理性で決めた快なのか判別できないのだ。
そのときは、思いついたことをなるべく早く行動に移してみるといいらしい。
実際にやってみたら、それが心の声かどうかわかるから、それを繰り返すことで、心の声かそうでないかが分かるようになるらしい。

 

実はこの日の立花さんとの会話の中で、一番印象に残ったのは「人間は物質ではなく、熱源である」という言葉だ。
そして人間が生み出す周波数の話も興味深かった。
しかし、まだこのことについて、感性では理解しているけれど、文章にできるほど自分の中で煮詰まりきっていない。
ただ、感性1stで生活していけば、自分の周波数が上がっていく予感があるので、そのときには文章にできるであろう。

 

 

立花さんのスタジオからの帰り道。
息苦しさは完全に消えて、とても心が軽くなっていた。
この世は温かいもので満ちているということを、根拠もなく確信していた。

人生のターニングポイントとなった日は今までにもいくつかあるが、この日もその一つだと、未来の私はきっと言う。

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