【満席御礼】
9月15日の『人生をはみ出す技術』のトークライブ、
9月23日のストレングスファインダーのワークショップ、
ともに満席となりました。お申し込みくださった皆さま、どうもありがとうございます。

そのほか諸々 その他

お客様は神様だ!という人が神社に行ったら誰が神になるのか?

LINEで送る
Pocket

初詣、行きますか?

「お客様は神様だ!金を払う立場なのだから偉くて当たり前なのだ!」と心の底から信じている人に出会ったら、聞いてみたいことがある。

「初詣とか、行きますか?」

もし「行く」と答えが返ってきたら、小一時間ほど話し合いたい。
「あなたと神社、いったいどちらが神なのですか?」と。
 

神が神に祈るとき

神社にお参りする人を「客」と呼ぶのかという疑問はあるが、ここでは「参拝客」という言葉があることを理由に「客」と言い切らせていただく。

さて。

神社にて、社の前に立ち、お賽銭を入れる。
客がお金を払った、ということは、”お客様は神様だ理論”に照らし合わせると、これは美しき神の行為である。

鈴を鳴らし、手を合わせる。
そのとき、その視線の先にいるのは、誰だろう?

視線の先にある存在は、ずっとその社にいる存在であり、客ではない。
そして、こちらにお金を払ってくれる訳でもない。
客でもなければ、金もない。
”お客様は神様だ理論”に照らし合わせると、神の要素は一つもない。

では、参拝客が神であって、神社にいる存在は神ではないのだろうか。
それなら、なぜお参りをするのだろう?
神でもない存在のところにわざわざ出掛けて、なぜ手を合わせているのか?
しかも、心密かにお願いごとをしなかったか?
神ではない存在にお願いごとをして叶ったなら、もうそれは神じゃないのか?
いったい何を期待しているのだ?

本当は、客でもなければ金も払わないけれど、神社の神を神様だと認めているのでしょう?
 

神社の神とお客様神の違い

神社の神とお客様神の間には、大きな違いがある。
お金への興味だ。

神社の神は、お金を使わない。
それどころか、お供えされた食事やお酒等を食べ散らかしたりもしない。
例えお賽銭の額が1円であろうと、奥から怒りに震えて飛び出してくることもない。
お金を超越したところにいるのが、神社の神である。

一方、お客様神はお金に重きを置いている。
お客様神が「お客様は神様だ!よって私は神様だ!」と主張するときは、大抵が「神である我を大切にしろ!我の要望を叶えろ!それができないなら、誠意という名の金銭を寄越せ!」という意味である。
お金が世界で一番素晴らしいものだと思っているため、お金のお供えを要求するのが、お客様神なのだ。
 

お客様神の矛盾

ところで、「神である我の要望を叶えろ!それができないなら、誠意という名の金銭を寄越せ!」というセリフは、ため息がでるほど矛盾だらけの言葉である。

広告

我の要望を叶えろ!

お客様神は「我は神である。よって我の要望を叶えろ!」と言う。
しかし、一般的に人間というものは、神に向かって要望することはあっても、神の要望にはさほど興味はない。

神社に行って手を合わせるとき、自分のことをお願いする人や世界平和をお願いする人やこれまでの感謝を伝える人はいるだろうが、「何か要望はありませんか?私が叶えてさしあげます」と祈る人は少数派である。

もし、自分の願いを叶えて欲しいときに、自分が神で相手が人間であるというのは、立場的に非常に不利なのである。
 

金銭を寄越せ!

さらに「我の要望を叶えられないなら、代わりに金銭を寄越せ!」という。
お金を払う人が偉いのならば、金銭を渡された瞬間に、立場が逆転するはずだ。

店側が客をもてなすのは、その分の対価をもらえると見込んでのことだ。
対価を払わずにもてなしだけを要求する人は、客ではない。
対価を払わないどころか更に追加の金銭要求をする人は、客でも神でもなく悪魔である。

「代わりに金銭を寄越せ!」と言った時点で、お客様は神様理論は崩壊し、人間どころか悪魔に落ちるのである。
 

神社の神は神様か?

お客様神には矛盾がたくさんあるのだが、一方の神社の神は神なのだろうか?

初詣の願い事は一つくらい叶ったような気もするし、神社に行くと安心感はある。でもそれだけではよく分からない。

ただ、神社の神には人を引き寄せる力がある。
神が自らチラシを配ることはないが、毎年正月には何万人もの人が初詣に出かける。
季節に関係なく、観光がてら神社を訪れる人もたくさんいる。
七五三だ、厄払いだと、節目のたびに神社に詣でる。

自分で「我は客だ!神だ!」と主張するお客様神と比較して、どちらがより神らしいかと問われたら、何もせずとも人を引き寄せる神社の神に軍配が上がる。
神社の神と比べると求心力もなければ矛盾だらけのお客様神を、神と認めるのは難しい。
 

お客様は神様だ!の神様へ

お客様神である皆様。
「お客様は神様だ!」と主張して、自分の要望を通すのは疲れないだろうか?

復習しよう。
一般的に、人間というものは、神に向かって要望することはあっても、神の要望にはさほど興味はない。
多くの人々が、神が人間の要望を叶えてくれるものと思っており、神の要望を人間が叶えようとは露ほど思っていない。

ということは。
もし自分の要望を通したければ、相手を神と敬って、丁重にお願いしてみてはどうだろうか?

このやり方の方が要望が通る可能性は高いと、自信を持ってお勧めする。
 

ちなみに

本当の「お客様は神様です」の言葉の意味は、この言葉の生みの親である三波春夫のオフィシャルサイトで説明されているので、下記リンクへどうぞ。

Facebookページには
更新情報と裏話を書いてます

Twitter で

広告

関連コンテンツ

-そのほか諸々, その他