20年前の憧れを叶えたら、新しい人生の扉が開いた


ささやかな憧れ

ずっと昔、まだ10代の頃、ささやかな夢を持っていた。
夢というか、憧れというか。
密やかに、心の中で憧れ続けていた。

意味のないプライドが邪魔をして、こういう憧れを持っているだなんて、人には言えなかった。
本当は、誰かに気づいて欲しかったくせに、誰にも言えなかった。
そんなことに興味ないよと、涼しい顔をしてごまかしていた。

でも、憧れを叶えてみたくて、それを少し匂わせてみた。
だけど、周囲の人は気づいてくれなかった。
気づいたとしても、なんじゃそりゃ?という顔をして、あっさりスルーされた。

その反応を見て、私がこういう憧れを持ってはいけないんだ、と感じた。
私には、この憧れはそぐわない。
こんなたいしたことない人間である私が、そんな憧れを持つなんて、おこがましい。
 

周りには、自分の憧れを叶えている女の子もいた。
とてもかわいい子で、甘え上手で、周囲の人にかわいくおねだりして、自分の憧れを叶えていた。
その子には「わあ、よかったね!」と言ったけど、内心は悲しかった。
憧れを叶えるのは、こういうかわいい子なんだなあ。
そう思って、悲しかった。

しばらくもがいているうちに、そんな憧れを持つ自分を恥ずかしいとさえ思うようになった。
そんな気持ちを持っていることを封印した。
そんな自分は箱に閉じ込めて、湖に沈めた。

そして、そのまま、無かったことにした。

忘れていなかった

それから20年以上経った。

「やってみない?」と持ち掛けられたことがある。
最初はさらっと聞き流そうとしたけれど、心に引っかかるものがあった。
何度もお誘いを受けるうちに、20年以上前のことをじわじわと思い出してきた。
そう、そのお誘いは、あの日の憧れに繋がるものだった。

痛みを伴う懐かしさが沸き上がってきた。
あの日、こうやって誘ってくれる人がいたら、今、私は、全然違う人生を歩んでいたかもしれない。
あの日、もっと素直に憧れを表に出していたら、今、私は、全然違う人生を歩んでいたかもしれない。
ああ、あの日に戻れたら!

あの日。
…あの日?

今は…?

そして今

結論から言うと、そのお誘いを受けることに決めた。
素直に「誘ってくれて嬉しい」と言ってみた。

それは、とてもとても楽しかった。
気恥ずかしかったけれど、それを上回る楽しさがあった。

20歳未満の女の子ならともかく40歳過ぎて年甲斐もなくはしゃぐのもどうかと思ったけれど、あの日はしゃげなかった分をちゃんと楽しもうと思い、心から楽しんだ。
じっとしていても笑いが込み上げてきて、幸福感に満たされた。
慣れないことをしたせいか、後でどっと疲れが出たけれど、それもまた楽しかった。

人生はいつでもやり直すことができる

改めて思う。

あの日の憧れを実際に行動に移したことで、あの日選ばなかったもう1つの人生を歩み始めたような気がする。
一度は、あの日こうやって誘ってくれる人がいたら全然違う人生を歩んでいたかもしれない、と思ったけれど、人生をやり直すのは今でも遅くなかった。

若かりし日の、青き憧れ。
もう遅いよ、と思っても。
何をいまさら、と思っても。
あの日置き去りにした気持ちを迎えに行くのは、何歳だって遅くない。

いくら新しいことを始めようとしても、心が一部でも過去に立ち止まっていたら、前に進まないようだ。
過去に立ち止まったままだった心が動き始めたら、あっという間に新しい人生の扉が開いた。
 

扉を開けたのは、とある力だ。
私は自分に夢を見ることと、夢を叶えることを許可した。
それが、とてもつもないパワーを生み出している。

いくつになっても夢を見てもいいし、夢を叶えてもいい。
それがどんなに青臭い夢だったとしても、夢を見ることは楽しいし、一歩踏み出すことはもっと楽しい。

かつての憧れを叶えたことで手に入れたのは、これまで気が引けて出来なかったことでも、できる気がするパワーだった。
この力が、新しい人生を歩む原動力になっている。

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