星兵衛という名の、固定観念を超えた先にあるお寿司屋さんに行ってきた
かつての職場の先輩から、1年ぶりに連絡をいただいた。
やったー!ご飯のお誘いだ!
しかも一見さんお断りで、それでも常に予約がいっぱいというお店へのお誘いだった。
予約の取れないお店に、予約が取れないというだけの理由で興味を持つことはないのだが(食に関しては思い立ったら吉日派なので、食べたいときにすぐ行けるお店が理想)、こちらのお店は「津本式究極の血抜き」という独特の血抜きをした上で熟成させたネタが食べられるお寿司屋さんということで、俄然興味が湧いた。
先輩に会えるのも嬉しいが、そのお店にもとてもとても興味がある。
これは万難を排して伺うに決まっている。
星兵衞 神泉ラボ
「初めての人が地図だけでたどり着けるようなお店ではないから」ということで、最寄り駅の京王井の頭線神泉駅で待ち合わせてから向かう。
なるほど、確かに。
駅から遠い訳ではないが、心理的にたどり着くのが難しい立地だ。
住所非公開のため詳細な説明ができずに申し訳ないが、簡単に言うと、(生きて帰れるのか!?)と覚悟がいる場所にあるのだ。
そのちょっとしたハードルを乗り越えて、恐る恐る覗き込んだその先に、ラボと名付けられたスッキリとした空間があった。
思い込みを外したその先にあるもの
星兵衞は貸し切りを基本としていて、4〜6名で来店することが求められる。
つまり店内は6名で満席で、店主を囲んでカウンター席がある。
まず飲み物を選ぶ。(ビール、ワイン、ウィスキーなど一通りあるが、日本酒がお勧め)
あとはお任せで身を委ねる。
早速一皿目が出てきた。
ホタテのお造りだ。
見た目には、何の変哲もないお造りだが、7日間熟成させているとのこと。
食感はよく知っているホタテなのだが、口に入れると、干し貝柱のような濃縮された旨味がにじみ出てきた。
富山のホタルイカの麹漬け。
もうしばらくしたら麹と一体化するのではないかと思うほど肩の力が抜けたホタルイカは、うっかりすると「これは飲み物です」と言わんばかりに、喉の奥に滑り込もうとする。
何とか押し留めて、足の付け根のホタルイカらしい食感を楽しむ。
このホタルイカには日本酒だと、満場一致で決定する。
「日本酒を」とお願いすると、店主がおすすめの酒を用意してくれる。
ここで、さっそく握りに移る。
28日熟成のスチールヘッドと呼ばれる魚が出てきた。
ニジマスのうち、川から海に出ていって、戻ってきたものをスチールヘッドと言うらしい。
スチールヘッドと聞くと、つま先に鉄板が入った安全靴を思い浮かべてしまうが、どうやら関係なさそうだ。
そして残念ながら、写真を取り忘れていた。
→と書いていたところ、招待してくれた先輩から写真の差し入れが!ありがとうございます!
次は、のどぐろ。
のどぐろは脂の旨味を楽しむというイメージだったが、熟成の賜物なのか身の甘さが引き出されている。
クエとメダイ。
26日熟成のマグロ。
艷やかに透き通った身の下にあるのは、海苔。
マグロと海苔は黄金の組合せだ。
そして、トロ。
トロは脂が重く感じてしまいって積極的に食べようとは思わないネタなのだが、星兵衛のトロは脂が別の美味しい何かに変化していて、すっと食べることができた。
焼きもののターン。
メカジキ。
これが本当に衝撃だった。
私の知っている焼いたメカジキは、どれだけ上手に焼いてあっても、身から水分が抜けたようなぱさつきがどこかに感じられるのだが、これは違った。
もっちりとして身に弾力があり、しっとりと言うか、ぷっくりと言うか、とにかく魚の美味しさが何も逃げ出さずに残っているものだった。
アジ。
足が早い青みの魚も「根本式究極の血抜き」という独特な血抜きを施されているため、嫌な臭みを全く発生させずに熟成されている。
こちらはシャリも独特だった。
赤酢を使う寿司屋は東京には多いので珍しくはないが、シャリがここまでしっかりと固いのは珍しい気がする。
新鮮さを売りにするお寿司屋のネタは張りがあるが、熟成鮨のネタはねっとりとする。
ねっとりとしたネタはシャリと一体化するが、こちらはシャリを固めに仕上げることで、ネタとシャリが必要以上に溶け合わないように牽制している。
唸らされたのが、シャリの温度まで計算されていたこと。
最初のスチールヘッドでは手に持った瞬間に驚くほどシャリの温度が高めだった。
店主曰く、最初の方はシャリの温度を温かくして提供し、時間が立って温度が下がった頃によりねっとりとしたネタにすることで、ネタとシャリのバランスを取っているのだそうだ。
卵かけご飯が出てきた。
焼いた太刀魚の下にあるのが、卵かけご飯である。
ほろっとする太刀魚の身に、卵でネットリさせた酢飯が好相性。
この卵は、産地などにこだわっている訳ではないらしいのだが、湯煎の一手間を掛けることでねっとり感と旨味を出しているのだそうだ。
ここからは怒涛の海老三連発。
先陣を切るのは甘海老。
甘海老が甘いのは知っているが、知っている甘さを超えた甘さになっている。
お次は、白海老。
海老といえばプリプリというのが相場だと思うが、星兵衛の海老はプリプリしていない。
熟成だけでなく、冷凍の工程も挟むことで、細胞壁を破壊しているのだそうだ。
プリプリ感のない海老なんて!と思うかもしれないが、プリプリの奥に潜んでいる旨味がグイグイと引き出されており、これが海老の本来の力だったのか!と唸らされる。
海老三連発のトリはトヤマエビ!
しゃぶしゃぶ仕立てということだが、ほんとにわずかに火が通っているだけなので、表面の火の通った部分と内側の生の部分の食感を同時に楽しめる。
思わず「うおおおお」と口走ってしまうものが出てきた。
アオリイカに、こんもりと乗せられたウニ!!!!!
そして、それが、こうなった。
ウニは、隠し味なのですか!!!!!
イカに繊細な包丁目が浮かんでいるが、熟成とこの技のおかげで、イカなのに舌触りがウニになっている。
ウニのようにイカがとろけるのだ。
それなのに、味はイカなのだ。イカの旨味が残っているのだ。
でもそこにウニが融合してくるのだ。
とにかく、イカがこれまでに食べたことのないものに進化しているのだ。
なんなのだ、これは!
ついつい興奮してしまったが、巻物でクールダウンに入る。
と思いきや、半熟イクラという、これまたあまり見掛けない食べ物が出てきた。
白く濁ったイクラは、筋子をほぐすお湯が熱すぎたという理由で見掛けることはあるのだが、もちろんこの半熟イクラは狙って火を通している。
イクラの形容詞としてはプチプチが適当なのは分かっているが、このイクラはねっとりとしている。
一番出汁を吸わせた後に、水分を抜き凝縮したということで、とにかく美味しい。
ハタの中落ちと縁側の巻物。
海苔の香りがとても良く、海苔のパリパリ感とシャリのしっかり感とネタのとろけ具合のバランスも見事。
そして、マグロに奈良漬けの巻物に、鎮座するウニ!
これも奈良漬けの歯触りが良いアクセントになっている。
最後に、この日に使われた魚たちと昆布で造られたアラ汁で食事が修了。
食後は、老茶という台湾の鉄観音を2-3年熟成させたお茶をいただいて、驚きの2時間が終了した。
最後に、この日の他の日本酒をまとめて紹介。
富山のすっきりとした日本酒がメインの素晴らしい品揃えだった。
写真はないが、勝駒という滅多に出会うことができないお酒をいただいたことも、こっそり付け加えておく。
感想
とにかく、すごかった。
お寿司は好きで、食べる機会も多いが、ここのお寿司は初めて食べるものだった。
様々なネタが持つステレオタイプ的なイメージ(海老→ぷりぷり、イクラ→プチプチ、イカ→コリコリorねっとり等)といったものを根底からくつがえされた。
その上で、脳内にある各ネタの味を乗り越えて、はるか先にあるネタ本来の味を凝縮して食べさせてくれた。
津本式血抜きについてもただ美味しいからやっているのではなく、「新鮮さが命!」「やっぱり天然物だよね!」という寿司のステレオタイプをくつがえす挑戦であるなど、とにかく固定観念(言い換えると思考停止)からの解放を感じるお店だった。
寿司屋なのに「ラボ」と名付けられているのは、そういうことなのだろう。
この先も研究を重ね、どんどんと新しい世界を作り続けていくのだろう。
お店情報
星兵衞 神泉ラボ(せいべえ しんせんらぼ)
東京都渋谷区(住所非公開)
予約は、店主とLINEを交換した人のみ可能。
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