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「夕飯何食べたい?」が持つ理不尽さと、ベストな返答の考察

2017/08/30

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夫の視点

妻の「今晩、何食べたい?」という質問ほど理不尽なものはない。

妻に楽してもらおうと「なんでもいいよ、冷蔵庫にあるもので。」と答えると、「何その言い草。」とぶち切れる。
大好物の「カキフライ」と答えると、「は?面倒くさい。」と却下する。
無難そうな「肉じゃが」と答えると、「いつもそれね。ワンパターン。」と馬鹿にする。
どうすればいいんだ。

挙句の果てに、家に帰って食卓を見たら、皿の上にあるのはハンバーグだった。
「あそこのスーパーでひき肉が特売になっていたから、ハンバーグにしちゃった!」

ああ、いいだろう、美味しいよ、ハンバーグ。
でも、それなら、「何食べたい?」なんて聞くな!!

新婚の頃は「何食べたい?」と聞かれるのが嬉しかった。
失敗することもあったけれど、俺を喜ばせようと必死に料理をしている妻の姿を想像すると、味なんて関係なかった。

いつからだろうか。「何食べたい?」と聞かれて答えたものが、食卓に出なくなったのは。
いつの間にか、「何食べたい?」という質問が、俺が食べたいものを作ろうという思いから、違うものに変わってしまったようだ。
 

妻の視点

うちの夫は、家のことにも私のことにも全く興味がない。

「今晩、何食べたい?」と聞いたら、「なんでもいいよ、冷蔵庫にあるもので。」と返ってきた。冷蔵庫の中が空っぽだから聞いてるのに。
私が不機嫌になったのが分かったのか慌てて「カキフライ」なんて言ってきた。この夏に牡蠣なんて住宅街のスーパーに売ってるわけないじゃない。
そうしたら「肉じゃが」だって。ほとんど毎日一緒に夕飯食べてるのに、私が糖質制限しているのに気づいてないなんて、最悪。
何も分かってないんだから。

新婚の頃は、「何食べたい?」と聞いたら、「何にしようか」と言ってくれてた。
スーパーのチラシを見ながら、一緒にメニューを考えるのが楽しかったなあ。

いつからだったかな。「なんでもいい」という返事が返ってくるようになったのは。
いつの間にか、家で食べる夕飯を楽しみにしてくれなくなったみたい。
 

第三者の視点

これは、問題の本質を見誤っていることにより発生しているすれ違いだ。
夫も妻も、まず意識した方がいいのは、家事には「考える家事」と「行動する家事」の2種類があるということである。
 

「考える家事」「行動する家事」

「考える家事」「行動する家事」の例を見てみよう。

例えば洗濯なら、こうなる。
◯考える家事:
・家族のスケジュールを見て、洗濯物の多寡を予測する
・週間天気予報と自分のスケジュールを見比べ、どのタイミングで何回洗濯をするかを決める
・洗剤があと何回で無くなるか見極めて、スーパーの特売日と照らし合わせ、いつ購入するか決める

◯行動する家事:
・洗濯機を回す
・干す
・畳む

通常、家事として目に映るのは「行動する家事」の方だ。
でも、「考える家事」をしないと、行動には移せない。
手を動かせば進んでいく「行動する家事」とは違い、「考える家事」には予測や判断といった要素が入ってくる。
重要度が高く、脳に負担がかかるのは、「考える家事」の方なのだ。

ところが、自分から積極的に家事をしない人には、そこが分からない。
「行動する家事」だけを見て、「お前はたいしたことしていない」と言う。
自分が手伝うときも「行動する家事」部分だけをやって、「してやったぞ」と大きい顔をする。
この認識の相違がストレスを生む。

夕飯の「何食べたい?」も同じことだ。
残念ながら、妻の「何食べたい?」は夫の好みを聞いているのではない。
料理に関しての「考える家事」の部分を手伝って欲しい、という意味なのだ。
 

「何食べたい?」の本当の意味

料理における「考える家事」とは何だろうか。

夕飯のメニューを考えるにあたり、考慮すべき事柄はいくつもある。
例えば、こういったものだ。
・冷蔵庫の中にある早く消費したほうがいいもの
・スーパーの特売
・旬の食材
・栄養のバランス
・家族の食の好み
・家族の体調
・自分の料理の腕

これだけの要素を組み合わせてメニューを考えるのは、結構な負担である。
家族が増えると、考慮する範囲が広がり、負担も増える。
主婦や主夫が、自分一人の食事を用意するのは家族の食事を用意するより楽だ、と感じるのは、考慮する要素が「冷蔵庫の中」と「自分の好み」くらいでいいからだ。

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「何食べたい?」の返事に「簡単なものでいいよ」と答えるとぶち切れるのは、メニューを考えること自体が簡単ではないのに、そこを分かっていないからである。
また、「なんでもいい」と答えるとぶち切れるのは、考える負担を減らして欲しくて質問しているのに、なんの助けにもならない答えを返してくるからである。

要するに、「夕飯、何食べたい?」とは、「冷蔵庫の中身とスーパーの特売と旬の食材と栄養のバランスを考慮したうえで、家族みんなが文句言わずに食べられて、私の腕でも作れる料理の中で、何が食べたい?」なのだ。
この正確な意味が分かると、上記の夫も、どんな答えを返しても妻がぶち切れる理由が分かるだろう。

やっかいなのは、妻自身も、自分がここまで求めているとは気づかずに、軽い気持ちで「何食べたい?」と投げかけることだ。
そして、返事に納得いかなくて、モヤモヤとする。
 

妻、夫。それぞれへの提言

妻に告ぐ

はっきり言おう。
「何食べたい?」という質問で、自分が納得する回答が返ってくる日は、一生来ない。
かといって、正確に「冷蔵庫の中身とスーパーの特売と旬の食材と栄養のバランスを考慮したうえで、家族みんなが文句言わずに食べられて、私の腕でも作れる料理の中で、何が食べたい?」と聞いたら、夫の方がぶち切れる。

自分が夫のことだけを思って「何食べたい?」と聞いているのではないことを自覚して、相手に期待を持たせるような質問の仕方をするのは止めよう。

あなたが求めているのは、「考える家事」の負担を軽減することである。
正確に質問をせず、また、自分が持っている材料を1つも提示せずに、正しい回答が返ってこないと怒るのは理不尽である。
せめて「キャベツを消費したいのだけど、スープっぽく煮るか、刻んで生で食べるか、どっちがいい?」といった質問をすれば、希望に近い答えが返ってくるだろう。

こういう質問の仕方ができないほど、アイデアがない状況だったら、「夕飯の献立決めるアイデアちょうだい」と聞いてみよう。
「カキフライは季節が違うから、アジフライでもいい?」だったり「夏に揚げ物は作るの暑いから、違うのない?」だったり、話し合いをする余地があれば、お互いストレスなくメニューが決まるだろう。
 

夫に告ぐ

上記の理由を見れば分かる通り、「夕飯、何食べたい?」は正解がない地雷の質問だ。
不幸なことにこの質問をされたのなら、質問返しをしてみよう。
妻が求めているのは、「考える家事」の負担軽減なのだ。
「何ができる?」や「何があるの?」という風に、一緒に夕飯のメニューを考える方向に持っていくのが正解だ。

そこまでしても、一緒に考えたメニューと違うものが夕飯の食卓に並ぶかもしれない。
でもそれは、上記に挙げた要素のうちの何かが、当初の想定と変わったのだ。
目の前にあるものが、最新の状況の中での最適解と受け入れよう。

提案が無駄になったと感じるかもしれないが、そんなことはない。
妻の「考える家事」の負担を減らす、という大きなミッションを行ったからこそ、妻が一歩前に踏み出て、最適解を導き出すことができたのだ。
だから、たとえ、夕飯の食卓に自分の意見が反映されていなくても、嘆いたり怒ったりする必要はない。

つぶやき

まさか、「夕飯、何食べたい?」で3000文字を超える文章になるとは…。
でも今この瞬間も、どこかの家庭でこの不毛なやり取りが行われているに違いない。
何食べたい?問題は、かなり根深い威力を持っていると、心密かに考えている。

◯追記
ベトナム人の奥さんを持つ友人宅でも「夕飯何食べたい?」からのモヤモヤが発生しているらしい!

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