【お知らせ】2017年11月12日にストレングスファインダーのワークショップを行います。
第1回、第2回と好評を好評をいただいたワークショップの第3回目です。
ストレングスファインダーを受けた方ならどなたでも参加できます。
詳細はこちらをご覧ください。

1.日本の野球 野球

ヤクルト、10点差を逆転!敗因は中日のブルペンの自信のなさなのか?2017年7月26日神宮球場

LINEで送る
Pocket

2017年7月26日、神宮球場

実は昨日(2017年7月26日)、神宮球場でヤクルト×中日戦を見ていた。
近鉄バファローズファンの私は、現在は特に決まったチームを応援していないが、元近鉄の選手が2人(坂口智隆と近藤一樹)いるヤクルトはよく見るチームの1つなのだ。
 

球史に残る逆転勝利

昨日は、0-10でヤクルトが負けているところから、11点とって逆転勝利した。
プロ野球史上4度目の快挙で、前回は20年前の1997年に近鉄がロッテに11―10で勝利、セ・リーグでいうと1951年5月19日に松竹が大洋に13―12で勝利したのが直近という、球史に残る試合だ。
基本的にパ・リーグ好きなので、最後を決めたのが元ロッテの大松尚逸だったことも、私の興奮に輪をかけている。

 

諦めていた序盤

昨日は10点差がついた時点で、ヤクルトの勝利は諦めていた。
「雨だし早く帰ってくれば」と家でテレビ観戦中の夫からのラインに「(途中出場の中日の)工藤(隆人・元日本ハム)の応援に切り替えていく」と返信したくらい諦めていた。

広告

それが「?」と思ったのは、8回に、ヤクルトが4点を追い上げたあとの、中日のブルペンの動きだった。
10点差があるのだ。中日の先発の大野が最後まで投げると思っていた。
中日のブルペンもそのつもりだっただろう。
確かに、7回に代打・中村悠平のホームランで、2-10となり完封はなくなったが、大野の球数は少なく、完投できるペースだった。

その後、中村悠平が守備につき、チームが引き締まったことは感じた。
やはり野球はキャッチャーが大切なんだと思った。
しかし、それでもまさかヤクルトが勝つとは思わなかった。
 

中日のブルペンが慌てだした終盤

8回にバレンティンの2ランホームランで4-10になったとき、突然、中日のブルペンが慌ただしくなった。
この突然は本当に「突然」で、皆が慌てて一斉に立ち上がり、確か田島、岩瀬、又吉、福谷、笠原といったあたりが準備を始めたのだ。
まだ6点差あるのに、何かに怯えるかのように何人ものピッチャーが一斉に慌てて準備する姿に違和感があった。

一昔前、中日のブルペンは恐ろしかった。
8回に浅尾。9回に岩瀬。この2人は特に打てる気がしなかった。
あのときの中日のブルペンは悠々としており、その雰囲気に触れるだけで負けを確信するほどだった。
しかし、昨日の中日のブルペンは、あの頃の面影は全くなかった。
あの慌てぶりに「6点差を守る自信がないのかな?」と感じさえした。

実際、中日のブルペンが何を考えていたのかは分からない。
でも三塁側の観客席の後ろの方にいる私が「あれ?」と思ったくらいなのだ。
ヤクルトベンチが何も感じなかったとは思えない。
ヤクルトは前夜も中日相手にサヨナラ勝ちをしているのだ。
「もしかするといけるんじゃないか」くらい思っても不思議はない。
 

奇跡の8回。そして勝ち越しの10回

その後、ヤクルトは大野の代わりに出た福谷から2点取り、次の岩瀬から2点取り、その次の又吉からも2点取り、同点に追いついた。
10点差を追いついたチームと、追いつかれたチームでは、雰囲気は全然違った。
10回裏、雨が本格的に降り始めた中、大松尚逸の打球は、ライトスタンドに吸い込まれていった。

 

一晩経って

一晩経って、考えてしまう。
あのときブルペン陣が、6点差に余裕の表情を見せていたらどうだったのだろうか、と。
根拠のない自信であっても、それが場の空気を左右し、支配することがあるのではないか、と。
つらつらとそんなことを考えてしまう。

野球は、歴史と同じように、「もしも」も「たられば」も必要としていないと、知ってはいるのだが。

Facebookページには
更新情報と裏話を書いてます

Twitter で

広告

関連コンテンツ

-1.日本の野球, 野球
-