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心のこと

人間は誰もが1500年生きる生き物である

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人間は1500年生きる生き物だ

人間は1500年生きる。
不死身の薬を開発したわけでもなく、スピリチュアルな儀式を発見したわけではない。
突然、脳裏に浮かんだのだ。

ただ実際に信じてみたところ、悩みや迷いが随分と消えたので、真理ではないかと思うようになった。
 

1500年生きるとは

肉体の年齢、魂の年齢

1500年生きるといったが、それは魂の話だ。
肉体的には従来どおり100歳を少し超えたあたりが限界である。

魂が一つの人生で目的を果たすと、その肉体から離れ、違う肉体で新たな人生をスタートさせる。
つまり、肉体年齢は40歳で魂年齢は500歳というように、2つの年齢を持つイメージである。

例えば、まるで人生を悟ったかのような大人びた子供がいる。
もしくは、生まれて数年しか経っていないのに、まるで何十年も修行をしたかのような高い能力を発揮する子供がいる。
こういう子供は、肉体は子供だけれど、魂の年齢を重ねているのだ。
 

肉体の目的、魂の目的

人間の魂は、人それぞれ大きな役割を担っている。
それは簡単には果たすことのできない、とても大きな役割だ。
その役割を全うするため、人間は何度も肉体を乗り換えて、自らの道を進んでいく。

役割を果たすために、学ばなければいけないことがたくさんある。
それを学ぶ場が「人生」であると考えている。

小学校に入学した子供は、小学校で学ぶべきことを学び終わったら卒業し、次は中学校に入る。
人生もこれと同じだ。
今の人生で学ぶべきことを学び終わったら、その人生を卒業し、違う肉体に移って次の人生に入学する。
 

小学校、中学校、高等学校と、学習指導要領が存在し、何を学ぶかが決められているが、その内容があらかじめ明示されることはない。
教科書は与えられるが、その中から何を学び取るのかは生徒次第である。

人生も同じで、その人生で何を学ぶかのテーマはあるが、その内容もあらかじめ明示されることはない。
多くの試練や経験が与えられるが、その中から何を学び取るのかはその人次第である。

魂は、大きな使命を担っており、それを全うするためにある。
肉体は、魂が使命を全うするために必要な学びを得るためにある。
一つの肉体が過ごす人生は、例えて言うと一つの学校で、この学校をいくつも経験することで魂が成長するのだ。

学習指導要領の内容を知らずとも、自然と学び、時が経てば、自動的に卒業する。
人生も、自分の学ぶべき内容が分からなくても、自然と学び、時が経てば、自動的に卒業する。

魂の使命や、人生で学ぶべき内容が分からなかったとしても、人は学び続けている。
 

既存の宗教との関係

長い間、仏教では輪廻転生という考え方が存在するのに、キリスト教では明確に否定されているため、どちらが正しいのだろうと思っていた。

しかし、人間の寿命を肉体と魂に分けて考えると、あっさり解決した。

肉体的な寿命の後には、輪廻転生が起きる。
魂がその大きな使命を全うしたときは、輪廻転生の輪から外れて永遠の命と一体となる。

輪廻転生が起きるという考え方は肉体的に正しく、人間の命は一度きりという考え方は魂的に正しいのだ。
 

1500年生きると決めて楽になったこと

人間は1500年生きるとは、突拍子もない考えかもしれないが、私はこう考えることによって随分と楽になった。
 

新しい挑戦にひるまなくなった

こう考えるようになる前は、新しいことを始めるときに「今更始めたって遅いんじゃないか」と考える癖があった。

「学生じゃないんだし、今から学んでも…」「今からこのスキルを身につけたって、いつ使うの?」
こう考えて、諦めてしまったことがいくつもあった。

でも、今はこう考える。
「今この人生で使う機会がなくても、次の人生で活かせるから学んでおこう!」

今の人生において何の役にも立たないようなことでも、あと数百年も生きていれば、いつか何かの役に立つかもしれない。
そう考えて、面白そうと思ったことに、何にでもチャレンジできるようになった。
 

相手の年齢が気にならなくなった

以前は、相手が自分より年上か年下かを結構気にしていた。
そして年下は、自分より経験が浅い人だと誤解していた。

肉体年齢は、現人生で何を経験したかを知る目安にはなる。(例えば、長嶋茂雄の現役時代を知っている巨人ファンと、知らない巨人ファンでは、同じ巨人ファンでも考えが違ったりする)
しかし、それ以上でもそれ以下でもない。

肉体年齢が若くても、魂的には何百年分もの豊富な人生経験を持つ人もいるのだから、「近頃の若いものの発言」といったバイアスをかけることは全くの無駄だ。
その人の経験から滲み出る言葉の深さに、肉体の年齢は関係ない。

ようやくそう理解して、相手の年齢に関係なく、人の言葉に耳を傾けられるようになった。
 

人の成功を妬まなくなった

世の中には目立つ成功を収めている人がいる。
ヒルズ族という言葉が出てきたとき、私より1〜2歳しか違わない六本木の社長たちの姿を見て、焦りと無力感を覚えた。

でも、今は、焦ってもしょうがないと思っている。
彼らの方が魂は多く学んでいるのだ、ということにしてしまった。
だから、私にも、今学ぶことをきちんと学び続けることで、次の人生か次の次の人生あたりで、私に合う形の成功が訪れるはずだ。

そう思うことで、人の成功を焦らず妬まず、自分のやることをやっていこうと思えるようになった。
 

死んでしまいたいと悩まなくなった

今の肉体での人生は、学ぶべきことを学ぶためにある。
こう考えるようになって、辛い状況になっても、死んでしまおうとは思わなくなった。

もちろん死んでしまいたいほどの辛い思いをすることはあるが、「この人生って、こういうときにどう対処するかを学ぶためにあるのかもしれないなあ。だったら、今死んでも、次の人生でまた同じ目にあうだろうなあ」と考えるようになったのだ。
人生から逃げても同じ課題がやってくるなら、目の前にある状況から逃げる術を学んだ方がいい。もしくは逃げるよりいい対処方法があるなら、それを学んだ方がいい。

さて自分は何歳なのか?

こういう話をしておきつつ、自分の魂年齢が何歳なのかはよく分からない。
なんとなく750歳くらいということにしているが、適当だ。
学ぶべきことはまだたくさんあると感じているのと、学んだことを周囲に伝えるべきときが来たと感じているのとで、折り返し地点の中間を選んだというわけだ。

実は1500年というのにも根拠はない。
ただそう脳裏に浮かび、しっくりきたので採用しただけである。

こんな全く根拠のない話で申し訳ないが、人生が1500年もあると考えると、可能性が広がって楽しくなってくる。
だから、私は1500年の人生を全うすることに決めたのだ。
今の学びが、300年後にどういう形になって返ってくるのかと考えると、楽しくてたまらない。

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