芽が出る人や大成する人が、勝敗が決まった場面で投げる球


「野球は人生そのもの」と言ったのは長嶋茂雄だが、長嶋茂雄のみならず、全ての人の人生に通じるものだと思っている。
昨日は、久々に、そういうことを思わせられる試合を見た。
野球選手のみならず、全ての人に通じる話だ。

25-4

何とも言えない野球の試合だった。
25-4というスコアだけ見たら、野球の試合とは思わないだろう。

スコアボードを見て、野球好きならあることに気づくだろう。
25安打で25得点。効率が良すぎる。

そう、四球が多い試合だった。
特に後半、両軍共に四球を与え合っていた。

大きな点差で四球を出すこと

独立リーグの試合では、しばしば大量得点が叩き出される。
さすがに20点超えは多くはないが、10点越えはざらだ。

大量の点差がついた試合で、投手がどういう球を投げるのかは興味深い。
自軍が勝っているか負けているかに関係なく、どういう球を投げるのか。
その投手の将来性がそこで見えてくるのだ。
そして、残念ながら、四死球を与える投手は少なくない。

三種類の四球

四球には種類がある。
敬遠という、戦略的四球。
厳しいコースを狙った結果の、攻めの四球。
打者に打たれるのを恐れての、逃げの四球。

このうち、
戦略的四球は、監督の戦略によるものなので、投手に言うことは何もない。
攻めの四球は、攻めた結果なので問題ない。
問題は、逃げの四球だ。
弱い気持ちが形に現れた逃げの四球は、とても気になってしまう。

勝敗が見えた試合で何を投げるか

点差が10点以上開いて勝敗がほぼ見えている試合があったとする。

そのときに、強く腕を振って自信がある球を投げ続けられる投手は、いずれ芽が出る。
速球を磨きたいなら、全力でストレートを投げればいい。
コントロールに自信がある投手なら、とことんコーナーを攻める練習をすればいい。
ど真ん中に入って打たれても、10点取られるのも11点取られるのも変わりないよね、と開き直れる投手は、偉大な投手になる。

自軍が勝っている場合も同じだ。
10点差があるのだから2〜3点取られてもいいよね、と自分の試したい球を投げ続けられる投手は、偉大な投手になる。

もちろん10点差をひっくり返す試合もあるくらいだ、野球に絶対はない。
ベンチからのサインもあるだろうが、10点以上の点差がついた試合で投手に逃げの投球をしろと采配する監督はいないだろう。

それでも、きれいにまとめようと、スケールの小さな投球をする投手が多い。
打たれることを恐れる気持ちが大きくコースを外させる、そんな投球をする投手が多い。

試合の勝敗がほぼ見えた緊迫とは縁遠い試合で自分の自信がある球を投げきれない投手は、残念ながら、この先も自分の実力を試合で発揮することはないだろう。

野球だけではない

これは、野球だけの話ではない。

例えば、何かやりたいと頭をよぎったとき、それをやらない言い訳を集めることはないだろうか。
「お金がないし」
「時間がないし」
「能力ないし」

それでは、実際に、お金があって、時間があって、自分の能力でできる範囲の課題が与えられた時、果たして自分の実力を思う存分発揮できるだろうか。
結局のところ、どんな環境でも、「失敗するのが怖い」と言って逃げるのではないだろうか。
 

野球選手でもそれ以外でも、芽が出る人、大成する人は、常に自分の実力を発揮するチャンスを狙っている。
だから、いざその局面が来た時に、思い切って腕を振り、自分の実力に挑戦ができるのだ。
失敗することよりも自分の実力に挑戦しないことの方が無益なことと知っているので、開き直って挑戦ができるのだ。

常に逃げるための言い訳を考えている人は、どんなにお膳立てが整っても、挑戦することはできない。
逃げる癖がついているので、お膳立てが整って逃げる言い訳ができなくなると、かえって戸惑うだろう。

常日頃の心掛けが見えるのは、決して緊迫した場面だけではない。
勝敗がわかりきった場面でこそ、見えてくるものもあるのだ。

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