ついつい読んじゃうあのサイトが止められない理由と弊害


ついつい読んじゃうあのサイト

普段はあまり目を通さないのに、一度ハマると麻薬のように時間が経つのを忘れて見続けてしまう種類のサイトがある。
例えば、知恵袋だったり、大手小町だったり、2ちゃんや5ちゃんのまとめサイトだったり、といった類のサイトだ。

普段だったら自分の必要としている情報を見つけたらブラウザを閉じることができるのだが、それができずに延々と関連記事を見続けてしまうときがある。

こういう時に読んでしまう

どういう時に読んでしまうのか。
自分を振り返ると、この2点が大きい。

・現実から逃避したい時
・ストレスが溜まっている時

こういったサイトを読んでいる時は、何も考えずにただひたすら時間が過ぎていく。
その間は現実を見ずに済む。

そして、ストレスが溜まっている時に、自分と似たストレスを抱えている人を見ると、仲間ができたような心強さがある。
私は悪くないと自己肯定できる。

なぜ止められないか

この類の記事には、結末が中途半端なものも多いが、きっちり後日談まで分かるものもある。
短編小説のように短時間で最後まで読めて、スッキリする。
自分が抱えているストレスと似たような話題の記事を読むと、まるで自分の代わりに問題を解決してもらえたような爽快さがある。

具体的な経験に基づいた事例が多いので、実例に基づいたケーススタディを学んだ気にもなる。
だからついつい読んでしまう。

だが、しかし。

実際は自分の問題は解決していない。
ストレスの元は消えていないし、逃げたい現実が変化したわけでもない。

だからまた現実から逃避するために、そして束の間の爽快さを求めて読んでしまう。

読み続けるとこうなる

あれらのサイトのよくある特徴

知恵袋だったり、大手小町だったり、2ちゃんや5ちゃんのまとめサイトの多くは悩み相談だ。
誰かが悩みを打ち明け、それに対して、見ず知らずの人たちが回答をしていく。

悩みは、仕事のことや家族のこと、友人のことなど様々だが、回答の多くに共通した特徴がある。
どんな問題も、善と悪の単純な構図に置き換えて、悪を徹底的に叩くのだ。

もし質問者が、「いえいえそんな単純な問題ではないのです。実はこういう事情がありまして」とでも言おうものなら、「後出しは卑怯だ」と質問者を叩く。
もし回答者が、「いやいや、そんな単純な問題ではないでしょ。視点を変えるとこういう考え方もできるよ」とでも言おうものなら、「中の人」と呼ばれて叩かれる。

そして、叩いたあとは、煽る。
仕事の問題なら、辞めろ。
家族の問題なら、離婚しろ。
友人の問題ないら、絶縁しろ。
そして「訴えろ」とか「警察に行け」という回答は、どのジャンルにも共通して見られる。

「あなたが戦っているのは悪なのだから、徹底的に戦わないとダメだよ」ということらしい。
解決策が、0か100なのだ。
そして、「いや、辞めるほどでは…」「離婚するほどでは…」と躊躇う相談者を弱い者として叩き、回答者の言う通りに行動した人を英雄として持ち上げる傾向もある。

世の中を、一面的で単純な構図にし、自分の善の基準に合わないものを徹底的に叩く姿勢の人が多いのだ。
もちろん多くの人の心を汲んだ素晴らしい回答をつける人もいるが、そういった回答は多数の悪を叩く回答に埋もれていく。

読み続けると

読み続けていくと、こういった善悪を単純化することが世の中の大多数の思考回路なのではと感じるようになっていく。
実際は、こういったサイトに実際に書き込みをする人の数は、全人類のほんの一部なのに、それを忘れてしまう。
自分の基準から外れる人を叩く人を好まない人は、元々ここには近づかないだろう。
ここは、一部の極端な意見を持った人が多く集まる場所なのに、ついそれが世界の大多数だと思ってしまう。

これが積み重なると、自分自身の思考に制限をもたらし、世界を単純化して考えるようになってしまう。

実際の世界は

本当に、世の中は、そんなに単純なものなのだろうか。
全てが善と悪で割り切れ、悪はとことん叩かれる社会が一般的なのだろうか。

いや、人間は、そんなに単純な生き物ではない。
その人が心に抱える繊細さや弱さが、その人の奥深さとなる。
心の底に奥深さを抱える人間たちが作り出す社会が、単純なはずもない。
この世界自体が、善と悪では割り切れない奥深さを抱えている。

奥深さを切り捨てて世界を単純化する試みは、人間自体の奥深さを切り捨て、薄っぺらくしていく。
例え心の奥底に闇を抱えていようと、それを受け入れる懐があるからこそ、人は安心して生きていける。

人を叩くのではなく、許しあうことができる人がたくさんいる、豊かな場所に自分を置くようにしよう。
人を叩くのではなく、違いを認め合うために、言葉を使う人になろう。

人間は、その奥深さがあるゆえに、愛すべき生き物なのだ。

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