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しずかみちこ
Gallup認定ストレングスコーチ
ストレングスファインダー(クリフトンストレングス)の専門家として、個人やチームが「強み」を活かして最大の成果を生み出すためのコーチングと研修をしています。

リクルートスタッフィングで経理したり、レアジョブの管理部門立ち上げたり、ブラック企業に入ったり、上司の横領見つけて辞めさせられたり、人の会社2つ作ったりと波乱万丈な職歴の後、独立して今に至ります。

投資と経理スキルでお金をデザインし、ストレングスファインダーで強みを活かしたら、人生が楽しくなりました。

趣味は野球観戦と美味しいものを食べること

収集心・最上志向・戦略性・未来志向・分析思考
ストレングスファインダーのnote
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広島カープ優勝!黒田博樹と新井貴浩の涙。2016年9月10日

黒田博樹は、ベンチの後方に座り、ニコリともせずにその瞬間を待っていた。
ベンチ前列で身を乗り出して待っている若手の選手たちとは対照的だった。

打者亀井善行の打球を、ショート田中広輔が身体全体で受け止め、ファースト新井貴浩に送る。
マウンド上で雄叫びを上げる、抑え投手中崎翔太。
ウィニングボールを掴んだ新井貴浩は、一塁塁審佐々木の右腕が上がる一瞬すら待ちきれず、中崎の元に駆け寄っていった。

ベンチから飛び出して、マウンドに駆けて行く選手たち。
黒田博樹は、そこからワンテンポ遅れて、ベンチからゆっくりと歩み出た。
ようやく笑顔がこぼれた。
マウンド上で抱き合い喜び合う選手たちに駆け寄り、待ち構えていた選手たちと祝福のハイタッチを交わす。

黒田博樹は翌日スポーツニッポン紙に寄せた手記でこう語った。
「07年までの苦しかった時代。新井と僕は何かを変えたかった。でも、力が及ばなかった。お互い、チームを離れ、厳しい環境で生き抜いた。出ていった者が偉そうには言えないが、外を見たからこそ学び、経験できたこともある。」
「以前は残念ながら投手と野手には溝があった。空気を変えたかった。大事なのは助け合う気持ち。互いをリスペクトし言動や態度には注意を払う。投手、野手最年長の僕たちが、タッグを組んでそれを実行してきた。今は溝がなくなったと感じる。」

2007年、黒田博樹と新井貴浩は、それぞれ自分の意志でカープを離れた。
2人共カープへの愛は強かったが、自分の力を新天地で試したいという思いが上回ったのだ。
しかし、エースと四番打者が同時に抜けるということが、カープファンにもたらした衝撃は大きかった。

そして、2015年。2人はカープに戻ってくる。
1人は1800万ドルもの高額オファーを断っての帰国であり、もう一人は所属球団から大幅減棒通告を受け、新たな活躍の場を求めての移籍だった。
戻ってくる経緯は違っていたけれど、二人の思いは同じだった。

ベテラン選手とはいえ、出戻り組である。
選手たちの信頼を受けるために、二人は必死で練習をした。
黒田は「黒田さんが投げる日は勝たなければ」と選手に思わせる投手となった。
新井はクリーンアップを任される打者となった。
そして二人の必死な姿勢が他の選手に浸透し、黒田に「その試合、その一瞬に全力を尽くす姿勢。それが若手から伝わってくる。」と言わせるまでになった。
黒田が投手陣を率い、新井が野手陣を率いる。
野球観が同じ二人が投打を率いることで、チームにまとまりが生まれ、何点取られても逆転できる粘り強いチームとなった。


優勝が決まった瞬間のマウンド上の歓喜の渦の中心で、新井と黒田の目が合った。
2人は歩み寄る。
新井が黒田に抱きつこうとするより、ほんの一瞬だけ早く、黒田が新井の肩に顔を埋める。
背中が震えている。まっすぐ立つことすらできない。
黒田の身体を支える新井。
新井の顔がみるみる紅潮し、涙があふれだす。
二人が分かち合ってきた多くの思いが込み上げる。

優勝監督の胴上げの後、黒田博樹と新井貴浩も胴上げをされた。
この優勝が、ベテラン2人の心意気がもたらしたものだと、若い選手たちはちゃんと知っているのだ。
選手全体に熱い思いが共有されているのだ。

それは、もう、今年のカープは強いはずだ。

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