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Winter, again… 冬の入口が見えてくると目に浮かぶ、生まれた街のあの白さ


秋が過ぎ、冬の入口に立つことは切ない。
裏に恐怖が潜む、息苦しい切なさだ。

理由はわかっている。
冬が来るのが怖いのだ。
あの雪に閉ざされた音のない世界が怖いのだ。

雪国の朝

雪国に住んだことがある人は、あの静かな朝を知っているだろう。

目を覚ます。
何も音が聞こえない。
まだ深夜なのかともう一度目を閉じようとした瞬間にふと気づく。
この静けさは、雪だ…。
雪が町の音を全て吸収しているのだ。
カーテンを開けると、雪が街灯のわずかな灯りを受け、白く光っている。

本格的な冬の始まりを、音のない朝が告げるのだ。

灰色の町

私が大学時代を過ごした弘前では、10月の下旬に雪が降り、11月の中旬には雪が積もり、3月の終わりを迎えるまで雪はそのまま積もり続けていた。
その間、町は音を失い、色も失い、ただ静かな灰色の風景が続くようになる。

それよりも前。
高校まで過ごした仙台は、冬になると仙台砂漠と呼ばれていた。
仙台は当時でもさほど雪は積もらなかった。
月に一度、膝くらいまで積もるほどの雪が降り、数日かけて溶ける。
そしてまた翌月にも雪が降り積もり、数日で溶ける。
その繰り返しだった。

当時、冬タイヤと言えば、スパイクタイヤだった。
雪のない道路をスパイクタイヤを履いた車が走ると、道路が削れて粉塵が舞う。
冬の仙台の街は黒く煤けて、空気はざらついていた。
タイヤに打たれた鋲が道路に擦れるザザザッという走行音が響いていた。

雪ははかなく美しいもの?

冬が近づくと、雪を歌った歌が街中に流れる。

沖縄出身の2人組は、白い粉雪を夢を与えてくれるものと歌っていた。
和歌山出身の美しいボーカルは、こぼれだした手のひらの雪ははかなくきらめくと歌っていた。

しかし、どんなに好きな歌い手が褒め称えようとも、私の思い出の雪は、灰色なのだ。
雪は美しいものでも、夢や希望を与えてくれるものでもなく、色も音も消し去る陰鬱なものなのだ。
 

だからこそ、GLAYの『Winter,again』を聞いたときは、思わず震えた。
さすが函館出身のGLAYだ。
雪の重苦しさを、曲にも歌詞にも表現している。
そうなのだ、どんなに雪が降り積もろうとも、そこに住む人は厳しくも日々強く生きるしかないのだ。

冬はまた来る

雪の町を離れてから、長い年月が経った。

東京に来てからは、雪には賑やかな印象しかない。
雪を見てはしゃぐ人。
電車が止まったと大騒ぎになる駅。
SNSのタイムラインを埋め尽くす雪だるまの写真。

それでも、まだ、私の心にある冬のイメージは、灰色に覆われた街のままだ。
冬の気配を想像するだけで、心に重いものがのしかかる。
 

今年の冬は、どんな冬になるのだろう。
Winter, again…

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