私が大阪で一番カナディアンクラブというウィスキーを売った日の話
※これは20年近く前、1990年代後半のお話。
ウィスキーの試飲販売をすることになった
マネキンという仕事がある。
スーパーで試食や試飲を勧める、あの人たちが「マネキン」だ。
かつて私は大阪でマネキンのアルバイトをしていたことがある。
私が所属していたマネキン紹介所では、毎週違う店で違う商品を売るよう言われた。
ある週末、私は大阪北部の酒屋にて「カナディアンクラブ」というウィスキー(以下CC)の試飲販売をすることになった。
試飲会でやったこと
ビールや発泡酒のような低価格商品は商品説明のチラシを1枚渡されるだけで販売を始めるが、ウィスキーやワインのような高単価の商品はスタート時に酒販の営業が来て商品の特徴を教えてくれる。
その日、CCの輸入元であるサントリーの営業さんは、たくさんのソーダとトニックウォーターの試飲缶を持ってやってきて、私に2種類の飲み方を教えてくれた。
1つは、CCとソーダを1:3で割り、レモンの薄切りを入れたハイボール。
もう1つは、CCとトニックウォーターを1:3で割ったトニックウォーター割だ。
CCは癖のない、飲みやすいウィスキーである。
レモン入りのハイボールは、スッキリした上にキリっとしていて美味しい。
トニックウォーター割の方は、甘みが加わったためにCCのスッキリさがぼやけるが、こちらも美味しい。
CCが持つ甘い香りと柑橘系の香りの相性がいいのだ。
小さな試飲カップにこの2種類を作って、試飲を開始した。
ステップ1:お客様はウィスキーに興味ない
「カナディアンクラブの試飲をやっています!」
声を張り上げてみたけれど、反応は悪い。
「あー、CC、もう知ってるからいらん」
お酒に詳しそうな人にはこう断られる。
「車やねん、試飲は無理」
こう断る人もいる。
「ウィスキーはちょっと…」
こう敬遠する人もいる。
ほとんど試飲を受け取ってもらえないことは、それまでなかったので戸惑った。
客層を見る。
郊外にあるこの酒屋に来ているのは、家族連れがほとんどだ。
車でやってきて、一週間分(もしくはそれ以上)のビールや発泡酒を箱でまとめ買いする客が多い。
この店にウィスキーを買いに来る客は少ないと思われる。
呼びかけの声を変えることにした。
ステップ2:ウィスキーが苦手な人へ
「ウィスキーに馴染みのない方でも美味しく飲める飲み方をご紹介しています!」
こう呼び掛けを変えたら、ちらほらお客さんが立ち寄ってくれるようになった。
レモン入りハイボールとトニックウォーター割、2種類を飲んでもらう。
「どちらがお好みですか?」
「うーん、こっちかな」
レモン入りハイボールの方が人気がある。
1/8に切られたレモンの薄切りが小さなコップに浮いているハイボールは、見た目もかわいいし、手が込んでいる感じもあるので美味しく思えるのだろう。
「これならいつもサワーしか飲まない私でも飲める」
そうは言ってもらえるが、販売には結びつかない。
考えてみた。
普段の晩酌のたびにレモンの薄切りを用意する人がどれだけいるだろうか。
わざわざレモンの薄切りを用意することに抵抗を感じない人は、お酒が好きな人だろう。
そういう人は、もう既に自分の好きな銘柄のお酒があり、好きな飲み方もあるだろう。
お酒に詳しい人であれば、CCを既にどこかで飲んだことがある可能性が高い。
そういう人は私がCCを勧めても勧めなくても関係なく、欲しければ買うし、欲しくなければ買わないだろう。
つまり、この試飲会のターゲットではない。
それでは、晩酌にレモンの薄切りを用意する習慣がない人はどうだろうか。
いくらレモン入りハイボールが美味しくても、そういう人にとっては「美味しいけど、面倒そう」となるのではないか。
例えば、私の家の冷蔵庫にレモンが入っている日はほとんどない。
ハイボールを飲むためにレモンを買うことは考えられない。
レモンを買わなければいけないお酒を買うよりも、そのまま飲める缶チューハイがいい。
いくら味が美味しくても、見栄えがして人気であっても、ここでレモン入りのお酒を勧めるのは逆効果の可能性が高い。
ステップ3:二人で晩酌
レモン入りハイボールの試飲は止めて、缶を開けて注ぐだけでいいトニックウォーター割のみの試飲に切り替えた。
「ウィスキーに馴染みのない方でも美味しく飲める飲み方をご紹介しています!」
とある夫婦の足が止まった。
CCのトニックウォーター割を二人に差し出す。
一緒にいる5〜6歳の子供も「飲むー!」と言うが、「大人になったらまた来てね」と答える。
奥さんが言った。「美味しい!ウィスキーは普段飲まないけど、これは好き」
ご主人は言った。「うーん、俺には甘い、ロックで飲みたい」
そう聞いて、とっさに口から出た。
「カナディアンクラブなら、お酒の好みが違っても、同じお酒で二人で晩酌できますよ」
奥さんとご主人は同時に「えっ!?」と言った。
そして二人で目を合わせ、2〜3秒見つめあった。
「ほな…、買っちゃおか?」
なんと!まさか、売れた!
二人が見つめあった時、甘やかな空気が流れた。
完全な推測だが、きっとこの夫婦には二人でお酒を飲んだことに関する甘い思い出があるのだろう。
それは、結婚前か、子供が生まれる前か、何年か前の思い出なのだろう。
「二人で晩酌」という言葉で、二人は同じ思い出を頭に浮かべたのだろう。
二人が同じことを思い出したことがわかったので、あの夫婦はCCを買ったのだろう。
「同じお酒で二人で晩酌」
たまたま口をついて出た言葉だが、何かを思い起こさせる力がある言葉のようだ。
他のお客様にも使ってみることにした。
ステップ4:好循環
「カナディアンクラブなら、お酒の好みが違っても、同じお酒で二人で晩酌できますよ」
こう言うと、場がわっと沸く。
「ウィスキー飲むなら、綺麗なおねえちゃんに作ってもらいたいわー」と言うご主人に「なら、もう外で飲む必要ないねえ、私がいるもんねえ」とツッコむ奥さん。
他のお客様からも「せやで、新地で高い金払う必要ないで」とツッコミが入る。
「そんなん言われたらかなわんわー」と一本売れる。
誰もいない試飲コーナーに人は来ないが(買わされると怯むのだろう)、人が集まって盛り上がっている試飲コーナーには人が集まる。
たくさんの人が試飲に手を伸ばしてくれるようになった。
飲んで終わりの人がもちろん多いが、買ってくれる人も増えた。
もし酒屋に行って、何人ものすれ違う人の籠に見慣れない同じ瓶が入っていたら、それが何か気になるのが人間というもの。
しかもその商品の試飲コーナーが賑わっているときたら、立ち寄って手を伸ばしたくなるものだ。
車で来ているご主人が気になって試飲コーナーを見つけて、自分は運転があるからと代わりに奥様に飲ませて、奥様が気に入ってお買い上げというパターンも出てきた。
こうやって売れれば売れるほど興味を持つ人が出てきて、商品がさらに売れるという好循環が起きた。
何本売れたのかを正確には覚えていないが、100本に届かなかったのを残念に思った記憶はある。
確か95本か96本か、それくらい売れただろう。
売れた理由
翌日の午後、またサントリーの営業さんが店にやってきた。
土日連続のプロモーションの場合、土曜のスタート時に営業さんが来たあとは最後まで自分一人のことがほとんどで、日曜日も来ることは珍しい。
聞くと、昨日のCCの売上の集計が出て、この店が大阪で一番だったから様子を見に来たという。
残念ながら行き当たりばったりで売れるようになったので、「どうしてそんなに売れたのか」という質問にうまく答えられなかった。
けれども、マーケティングを学び始めた今なら少しわかる。
その理由は3つある。
1.ターゲットを変えた
最初はカナディアンクラブというウィスキーを売ろうとしていた。
ウィスキー好きに対してなら、それで売れるだろう。
しかし、この店に来るお客様は、ビールや発泡酒を目当てに来ている。
ウィスキーには興味を示さない。
それならばウィスキーに興味がない人に向けて、ウィスキーを手軽に飲みやすい飲み物として売ることにした。
2.ウィスキーを売らなかった
ウィスキーに興味がない人に対して、ウィスキーの魅力を伝えるという売り方もあるかもしれないが、接触時間が短い試飲販売ではそれはできない。
そして私に語れるほどの知識もない。
その代わり、「同じお酒で二人で晩酌」という「シチュエーション」を売ることにした。
売ったのはウィスキーではなく、このウィスキーを買った後の「シチュエーション」だった。
人によって、それが過去の思い出に紐づいていたり、夫婦で笑いあう時間だったり、頭の中に浮かぶものは違う。
でも、その「シチュエーション」に魅力を感じてくれた時に、CCに興味を持ってもらえた。
3.ライバルを変えた
そのお店にくるお客様はビールや発泡酒が目当てだ。
発泡酒の代わりにCCを買ってもらおうとしても、値段的に勝ちようがない。
しかし、「家で晩酌」とコンセプトを変えたことで、ライバルが北新地(大阪の高級歓楽街)に変わった。
北新地は言い過ぎだとしても、外での飲み会を家飲みに置き換えるという選択肢が生まれたのだ。
発泡酒よりはるかに高いカナディアンクラブでも、外での飲み会1回分より随分安い。
それならば…と手が伸びたのだ。
ウィスキー以外でも
上記の3つは、マーケティングの教科書風に言い換えるとこうなる。
1.ポジショニングを変える
2.商品の先にある価値を提示する
3.競合を把握する
この商品を売る基本は、ウィスキーに限らず、どんな商品やサービスにも活かすことができる。
自分の商品やサービスを知る人は誰だろう。
その人にどんな価値を提供できるだろう。
ライバルは誰だろう。
これを考えることで、自分がやることが見えてくる。
図らずも、そんな経験をしていたようだ。
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