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しずかみちこ
Gallup認定ストレングスコーチ
ストレングスファインダー(クリフトンストレングス)の専門家として、個人やチームが「強み」を活かして最大の成果を生み出すためのコーチングと研修をしています。

リクルートスタッフィングで経理したり、レアジョブの管理部門立ち上げたり、ブラック企業に入ったり、上司の横領見つけて辞めさせられたり、人の会社2つ作ったりと波乱万丈な職歴の後、独立して今に至ります。

投資と経理スキルでお金をデザインし、ストレングスファインダーで強みを活かしたら、人生が楽しくなりました。

趣味は野球観戦と美味しいものを食べること

収集心・最上志向・戦略性・未来志向・分析思考
ストレングスファインダーのnote
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元巨人軍のメジャーリーガー、木田優夫さんがカナダでくれたボールの思い出。おまけに現在の写真も少し。

1999年カナダ、トロント。

それは1999年7月、当時滞在していたカナダのトロントで、ブルージェイズの本拠地であるスカイドームに通いつめていたときだった。
当時のスカイドームは、持っているのが外野席のチケットであっても、試合前の練習時には内野席に入ることができた。
内野の観客席にはネットがなく、選手からサインをもらったり、客席に入ったボールを拾ったりすることができたので、多くのファンが内野席に集まり、練習時間を楽しんでいた。

その日の対戦相手はデトロイト・タイガース。
当時、デトロイト・タイガースには、元読売巨人軍の木田優夫が所属していた。
そして、直前まで故障者リスト入りしていた木田優夫が、この試合から登板するという噂が流れていた。
 

試合前、練習時間

試合開始前、タイガースの練習中に球場に到着した。
さっそく内野スタンドに走る。

あ、木田が来ている!
味方のバッティング練習の時間帯は、投手陣は外野でキャッチボールをしたり、ボール拾いをしたりしている。
その集団の中に木田を発見したので、投手陣がよく見えるところに移動した。
そうすると、先客のみるからに陽気なアメリカンという感じの男性(実際はアメリカンではなくカナディアンだが)が声を掛けてきた。

「Welcome, girl!! よく来たね。ここはボールがたくさん転がってくる穴場なんだよ。」
「いえいえ、私はあそこにいる日本人のピッチャーを見に来たのです。」
ほほう、と、木田と私を見比べて、カナディアンは言った。
「いいね、それならサインをもらわなくっちゃ!」

そして、叫んだ。

Hey,Guy!!!
このお嬢ちゃんは、あんたに会いに日本から来たんだってさ。サインでもしてやんなよーー!!!
 

即席のサイン会

カナディアンの叫び声を聞いて、慌てたのは、私の方だ。
「Guy!」という呼びかけはなんだ。木田の名前も知らずになんて適当な!
そんな風に声を掛けても、木田は自分のことだと思わないだろうし!
そして私は「このお嬢ちゃん(This girl)」という年齢でもない!

ところが、木田は自分のことだと分かったらしく、こちらに歩いてきた。
そして、私の手からすっとペンを取り上げ、すらすらとサインを書いた。
木田さん、なんていい人なのだ!

その様子を見ていた子供たちが、サインをもらう私を見て、一斉に集まってきた。
群がる子供たち一人一人にサインをする木田。

木田のサインはイニシャルの「KM」なのだが、それを見た子供が言う。
「ねえ、日本人ならさあ、漢字で書いてよ。」
木田は一瞬固まった。
しかし、すぐに気を取り直し、サインを再開した。
手元をのぞいてみたら、漢字で「木田」と書いていた。
木田さん、涙が出そうになるくらい、いい人だ。
 

その後、更なる驚きが

サインをもらった後も、その場に残って、練習に戻った木田を見ていた。

木田は、打撃練習で転がってきたボールを拾っている。
先ほどの即席サイン会の後から、木田はボールを拾うと観客席に投げ入れるようになっていた。
子供達は大喜びだ。たくさんの子供がグローブを持って集まり、木田がボールを拾うと歓声が上がる。
私もボールが欲しかったが、必死にボールを取ろうと手を伸ばす子供達をかき分けて奪い取るのは、大人気がない気がして諦めた。

そして、練習終了の時間になった。
最後の一球が木田のところに転がった。

子供たちは一斉にボールをくれと叫ぶ。
しかし、木田は、そのボールを投げずに自分のグラブに収めた。
がっかりする子供たち。

ところが、木田はベンチに戻らずに、ボールを持ったままこちらに歩いてきた。
観客席にいる大人も子供もそして私も、きょとんとした顔で、こちらに向かって来る木田を見ていた。

木田は、私の前までやってきた。
そして、立ち止まり、手を出した。
「はい、これ。」
そう言いながら、驚いている私の手に、ボールを載せたのだった。

木田さんがくれたボールとサインボール


 

目次

感激はいつまでも

私は、幼い頃から20歳くらいまで巨人ファンだった。
木田は、私が高校生の頃…つまり一番熱心に巨人を応援していた頃のローテーションの一角だった。
あの頃の巨人の投手陣は、力強く、頼もしかった。

当時、地方に住む高校生にとって、プロ野球は、テレビでしか見られない憧れの存在だった。
そんな野球選手が、実際に目の前にいるだけでも驚きなのに、信じられないことに、私のために、ボールを拾って届けてくれたのだ!
あまりに思いがけないことで呆然としてしまうほど、大きな出来事だった。
 

あれから20年近く年月が経った。
デトロイト・タイガースを退団後の木田は、オリックス・ブルーウェーブ (2000 – 2001)、ロサンゼルス・ドジャース (2003 – 2004)、シアトル・マリナーズ (2004 – 2005)、東京ヤクルトスワローズ (2006 – 2009)、北海道日本ハムファイターズ (2010 – 2012)、石川ミリオンスターズ(2013 – 2014)と、多くの球団を渡り歩きながら、長い現役生活を全うした。

私も、木田ほど激しくはないが、数回の引越しと、数回の転職を経て、今に至る。
どんなに引越しをしても、このときのボールは、失くさないように大切に扱う宝物だ。

カナディアンの「良かったね」という笑顔、子供達の歓声、広々としたスカイドーム。
このボールには、あの日の感激が、色褪せないままギッシリと詰まっている。
 

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