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大谷翔平のルーキー時代を思い出す。2013年オープン戦の思い出たち

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大谷翔平が旅発つ日が近い

日本ハムファイターズの大谷翔平が、ついにこのオフ、MLBに移籍すると言われている。
「日本最後の登板」と銘打たれた最終戦は、投手でありつつ打順は4番。
投げれば10奪三振、完封。打てば先制点に繋がるヒット。
実に堂々とした二刀流ぶりだった。

大谷翔平が入団してから、あっという間の4年間だったなと思い出される。
 

2013年3月21日

東京ドームで行われた、日本ハム×楽天戦。
この日はオープン戦ではあるが、ルーキーの大谷翔平が、初めて二刀流を披露した日でもあった。

3番、ピッチャー、大谷

すでに、恐ろしいまでの素質をいかんなく発揮していた。

振りかぶってもセットポジションでも、150km台後半の速球をぽんぽんと投げる。
それどころか、その勢いのまま牽制球を投げる。
それは、一塁手が反応できないほどの豪速球である。(もちろん後逸。ランナー進塁)
投げ損じの球も、捕手が大慌てするほどの豪速球である。(もちろん後逸。ランナー進塁)
そこで、「あわわ。やっちゃったー。ごめんなさいー」と、マウンドであたふたする姿はまだ初々しく可愛らしい。

置きに行く球(カウントを整えるために力を抜いて投げる球)でさえ、140km台である。
当時の日本ハムのエース武田勝が全力で投げても140km/h超えるかどうかというのと比較すると、段違いである。

昔、何かのアニメか漫画(ドラゴンボールだったかなあ)で見た、すごい能力を持った幼い子供が、自分の力の使い方を分からなくて暴発ばかりで周りを振り回しまくっていた、そういうシーンを思い出した。
無邪気な笑顔で豪速球。このギャップがたまらない。

この試合では、試合終盤、打順はそのままでライトの守備についた。

3番、ライト、大谷

お金を払って見る価値のある選手だと、ルーキー時代から思わされる選手だった。

そして、この年は、中田翔がよく打った。
ルーキーに負けがつかないようにベテラン主砲が意地を見せるというのはよくあることだが、(たとえば田中将大のルーキー時代は必ずといっていいほど山崎武司が打っていた)、そのベテラン役を中田翔がやるようになっていた。

入団当時はやんちゃだった中田翔が、5年後には頼れる主砲に育ち、後輩の面倒をみられるようになる。
そして、その後輩は4年経ち、旅立っていく。

確実に、時は流れている。
 

写真

大谷翔平のルーキー時代の写真をいくつか。

2013年3月3日よみうりランドにて

今と比べるとかなり細い

20013年3月10日鎌ヶ谷にて

まだ背筋が今ほど引き締まっていない

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