西野亮廣さんの開発会議に参加した〜「おもしろいという通貨」と「おもしろい経済」
ホリエモンこと堀江貴文さんは、飲食店の究極の形は「スナック」だという。
スナックにあるもの。それはコミュニケーションだ。
堀江氏の言葉を借りる。
「飲食店の究極の形は何かというと、コミュニケーションなんです。キャバクラは色恋目当てだけど、スナックへ通う人は恋愛感情じゃなくて人間としてママが好きなんです。あるいは雰囲気が好きとか、常連や仲間がいるから通うとか。人に癒される場がスナックなので、どんなにAIが発達しても、無人スナックは成立しないんですよ」
スナックは、とても豪華な料理が出るわけではない。
乾き物だったり、店によってはたっぷり作ってカウンターに置いてあるポテトサラダや肉じゃがだったりだ。
常連客が「ママ、一本もらうよ!」と勝手にビールを開けて飲んだり、皿を下げるのを手伝ったり、なんだかんだと客が手を動かしたりもする。
お金を払って、ママの代わりに働いているわけだ。
こういうコミュニケーションが生まれることを、キングコングの西野亮廣さんは「スナックする」と言う。
スナックに行ってきた
コンピューターが発達すればするほど、人とのコミュニケーションの価値が上がっていくと考えている。
そのコミュニケーションが集まる場となる「スナックする」という考え方に興味があったので、先日、実際に西野亮廣さんが作る「スナック」に参加をしてきた。
「スナック」といっても実際の店ではない。
西野さんが中心となって開発している「レターポット」というサービスの開発会議という名の会に参加したのだ。
なぜ参加するのか
西野さんのブログにも書かれているが、この会議はお金を払って参加する。
お金を払い、飲み物(お酒歓迎)、おつまみ、おやつ等を持ち寄って、平日の夜に集まる。
自分が勤める会社では「会議めんどくさい」と言っているような人もいるだろう。
それなのに、会社が終わった後に会議をするためにわざわざ集まるのだ。
西野さんのブログでは「彼らは、お金を払って働いているのだ。」と書かれているが、西野さんも気づいているように、参加者側には働いている感覚はない。
他の参加者に話を聞いてみた。
「レターポットに関わりたい!」という会議に参加する目的として全うなことを言う人もいれば、「ここに来るといろんな職業の人と出会えるから楽しい!」や「みんなととにかく話したい」と場を求めて来ている人もいて、圧倒的に後者の方が多い印象だ。
目的はいろいろあっても、全員に共通して言えるのは、楽しいことに参加したくて来ているということだ。
人は、楽しいことならば、お金を払ってでもやるのである。
実際、楽しかった
会議の流れは西野さんのブログに書かれているので割愛するが、楽しい時間を過ごしてきた。
チームの人たちと頭を寄せ合わせて、ああだこうだと意見を出し合う。
初対面の人たちだけれど、それぞれの立場からいろいろと意見が出てきて楽しい。
各チームの発表を見る。
プレゼンが上手い人が多く、このプレゼンを見るのも楽しい。
発表の中から、西野さんが印象に残った案をあげつつ、それを具体的な形に「こういうのはどうかな?」と発展させていく。
普段読む西野さんのブログに書かれているのは西野さんの思考の結果だが、ここでは思考の流れが目の前で見られて楽しい。
自分たちが出す漠然とした形の案が、具体的なものになっていくのを見るのも楽しい。
西野さんのブログに書かれているように、「これだけ働いたのだから、その分の給料を払え!」とはならない。
逆に「いい時間を過ごさせてもらってありがとうございます!」という思いになった。
仕事とは何か?
この会議に参加して、「仕事とは何か?」ということが分からなくなった。
考えたのが「義務」についてだ。
毎日会社に行く。結果を出すために日々働いている。
これは給与をもらっているから、その代わりの義務だと自分でも思っていた。
西野さんの会議は、給与は出ない。
でも行く。結果を出せるように知恵をしぼる。
給与を得てはいないが、給与ともらっているのと同じ行動をしている。
参加人数を数えていないので分からないが、当日連絡せず参加しなかった人、無断のドタキャンをした人もいるかもしれない。
しかし、そういう人は、給与をくれる会社であっても、無断欠勤したり、会社に行っても結果を出すような働きをしないイメージがある。
無断欠勤や連絡なしのドタキャンはどちらかというとその人の思考によるもので、金銭的対価の有無は多少の抑止力にはなっても、100%機能するわけではないと思うのだ。
仕事が、金銭的対価を得るための義務ではないとしたら、何だろう?
西野さんの会議で対価として得るものは「楽しさ」だ。
この「楽しさ」は西野さん一人が供給しているのではない。
西野さんのもとに集まる人々とのコミュニケーションが「楽しさ」を生んでいる。
会社であれば社長(やオーナー)から給与をもらうわけだが、西野さんの会議では参加者が受け取る対価そのものも参加者自身が生み出している。
この仕組みが、西野さんのブログに書かれている「おもしろい経済」を支える「おもしろいという通貨」なのだろうけれど、どうにもまだうまく言語化できない。
もうすこし「おもしろい」を通貨とした活動をすれば、「おもしろいという通貨」と現金との関係をも含めて、明確に理解できるだろうか。
とにかく、仕事に対する新しい流れは、「おもしろい」の中にあるようだ。