全ての物を失ったとき、私に残るもの


あの日の朝

その朝、義父は突き上げるような衝撃で目を覚ました。
激しい揺れが収まったとき、戸外にいることに気がついた。

いや、そうではない。パジャマを着たまま、布団の上にいる。
自分が外に出たのではなかった。
家の壁が崩れ落ちて、目の前に外の風景が拡がっていたのだ。

まず、同居の家族が無事なことを確認した。
次に、家と家の中にあったおびただしい数の物が、一瞬でゴミと瓦礫の山に変貌したことを確認した。
そして、1995年1月17日の夜明けを迎えた。

しなやかな強さ

神戸の人はあの日のことを笑いを交えてサラッと話す。
しかし、目の奥の光は強い。

自然と離れて暮らしていると、無意識のうちに人間が全てをコントロールできると思ってしまう。
できないことに対して努力が足りないと思ったり、失敗に対して予測が甘いと思ったりするのは、人間の力を過信しているせいだ。
本当は人間なんて、はるかに小さな存在なのだ。
人間の力を超えたところに多くのものが存在し、人間の予想外のところに世界が広がっている。

自然は、人間が造り上げた物を一瞬で壊す力を持っている。
建物といった大きな物も、日常的な小さな物も、一瞬で失ってしまうのだ。

実際に経験するまで、気づかないことかもしれない。
このこと…自分の力ではどうにもならないことがあること…を知り、受け入れた人間は強い。
全ての物を失い、そこから立ち上がった経験がある人間は、しなやかな柔らかい強さを持っている。

全ての物を失ったとき

神戸出身の夫と結婚してもうすぐ丸10年になる。
「全ての物を失う」とはどういうことか、私も折に触れて意識するようになった。

全ての物を失って身一つになった時、私には何が残るだろう。
知識? 経験?
そして…

物はいつか壊れるし、失くなる。失うことは怖い。不安だ。
でも心の中にいる大切な人たちのことを思うと、私は強くなれる。

私が全てを失ったとしても、一緒に何かやろうよと言ってくれるかなと勝手に頼りにしている顔が思い浮かぶ。
うちに夕飯でも食べにおいでよと言ってくれるかなと勝手に甘えさせてもらっている顔もある。

私の信条に反することをやれと誰かに言われたとき、頼りにしている人達や甘えさせてもらっている人達の顔を思い浮かべる。
誰かの利己的な命令に反して何かを失うことになったとしても、大好きなあの人達に顔向けできない自分にはなるのは嫌だ。

物質的なものや地位や肩書きはいつか失うものなのだから、守ろうとしても意味がない。
それよりも、本当に失いたくないもの、守りたいものは、大切な友人たちだ。
物や地位や肩書きを守るために、大切な人を失うような自分にはなりたくない。
こう思って生きていくことで、神戸の人の強さに近づけるのではないかと願っている。

私は、多くの人に支えられている。
毎日のように会っている人も年に1回も会えない人もいるけれど、この大切な人達の存在が私を強くしてくれている。

1月17日は、自分がどれだけの人に助けられているのか、あらためて気付かされる日なのだ。

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