2018年の桜を、私は一生忘れないだろう


2018年3月29日

早朝、夫の電話が鳴った。
義母が受話器の向こうで動転している様子が私にも伝わってくる。
夫は、義母に、医師を呼んで話を聞くように言い聞かせている。
 

慌てて家を飛び出した夫を見送った後、クローゼットの奥から、夫の黒いスーツとネクタイ、そして私の黒いツーピースを取り出した。
義父の余命がわずかだと聞いた時、夫の目を盗んでこっそり在りかを確かめておいたものだ。

袋から出し、風に当てる。
乾いた春の風に裾がたなびく。
天気が良い日でよかったと思い、すぐに、まだそうと決まったわけではないのに準備をするのは残酷なことなのだろうかと思った。
 

掛かりつけの医師の往診が終わった。
享年79歳。
病院は嫌だと言い続けた願いが叶い、自宅での最期だった。

2018年3月30日

夫のそして義父の生まれた街に向かわなくてはいけない。
急いで用意をしようと思うのだが、手も足もゆっくりとしか動かない。
それなのに突如、髪を洗いたくなる。
うっかり熱すぎるお湯をかぶり、シャンプーの代わりにボディソープを髪につけ、ようやく自分も動転していることを自覚した。
 

私の黒いツーピースは、10年以上前に購入したものだった。
袖を通す。よかった、どこもきついところはない。
鏡を見て、胸元を覆う布の黒さに重苦しいものを感じた。
「喪服には真珠のネックレスだよな…」
滅多に開けることのない、アクセサリーが入っている引き出しの中身を探る。

普段は全く身に付ける機会のない真珠のネックレスを取り出した。
私の20歳の誕生日に、母がくれたものだ。
真珠のネックレスが似合うような服を普段着ないので、どうしてこんなものをくれるのかと不満だった。

しかし、気がついた。
インターネットの無かったあの時代。
自分の親とは絶縁し、友人はいなく、人に相談することが何より苦手な母が、娘に用意したかったものがこれなのだ。

このネックレスをする機会は、一生に何度もないかもしれない。
でも、いざというそのときに、娘が戸惑わないようにしたかったのだ。

ネックレスを手にしてから24年近くが経過した今日、いざというその日が来て、初めてそのことに気がついた。
気持ちが動転しているであろう娘が無意識に手を伸ばすものとして、母は準備をしていたのだ。

2018年3月31日

夫の生まれた街の空は、青く澄んでいた。
儀式は滞りなく進んで行った。

白い布に包まれた箱を持った義母が所在無さげに佇む。
側に寄り添う2人の息子。そして私。
火葬場からの帰り道。
4人を乗せた車が交差点に停止した時、一筋の風が吹いた。
おびただしい数の桜吹雪が車を包んだ。
 

2018年。今年の桜は例年より早く咲いた。
甘やかに咲き揃い、鮮やかに舞い散った、2018年の桜を、私は一生忘れないだろう。

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