『日本人はもうセックスしなくなるのかもしれない』男と女の心にグサッと刺さる本


『日本人はもうセックスしなくなるのかもしれない』

AV監督の二村ヒトシさんとカルチャー界に強いコメンテーターの湯山玲子さんの対談本を読んだ。

生きていると、なんとも言えない重苦しい違和感がのしかかってくることがある。
こうした生きづらさや息苦しさは、「こうあるべき」に自分を適合させようとする時に湧き上がる。
「こうあるべき」は、自分自身が課したものでもあるし、社会的にモラルといわれるものでもある。
また、他の世界があると知らないために、無意識で「こうあるべき」と思い込んでいるものでもある。

この思い込みを外すには、「こうあるべき」から解き放たれた人の話を聞くのが一番だ。
そして、二村ヒトシさんと湯山玲子さんは、解放された人たちだ。

AV監督の二村さんがいるのだから、話題は当然セックスが中心になる。
とはいえ、セックスはコミュニケーションの究極のものだから、心の深部に触れないわけにはいけない。
心の深部に触れようとすると、親子関係についても視点がいく。

自分の欲望をきちんと肯定しないと、自己肯定感が低くなる。
性欲も然り。
そのほかにも、強さ、弱さ、プライド、承認欲求、支配欲求…
そういった普段は目を背けているが、確実に心の奥底にあるものに、二人は容赦無く手を突っ込んでくる。

自分の中にあるエゴイズムを引っ張り出すだけ引っ張り出した時、新たな境地にたどり着くことができる。

そのことを教えてくれる本だった。

一部抜粋

・共犯というのならば、どちらも「アナタとしたくてやった」という責任を共有するのだけど、それが嫌なんでしょうね
・男の「暴力性」と女性の「承認欲求」
・至高のエクスタシーは、自分も相手も溶け合って、滅私する感覚があるんだけど、ジャンク系はそこに支配の快感やナルシシズムなんぞの自己がべったり張り付いていそう
・すなわち〝いい女〟は、男っぽいところもあり、かわいらしいところもあり、エロいことはもちろんですが、男の欲望や都合をすべてわかってくれる女性でもある。でもそれは甘やかされて育った僕の幻想で、そんな女性は現実にはいません。

・今の若者に問題が多いのは、父親や母親が自分の人生の生き直しをさせるからでは
・いつどんなときも「親は子どもを突き放しては絶対にいけない」「子どもに『愛してる、愛してる』と言い続けなければならない」という流れは、一見、正論に思われていますが、結果的に子どもの首を絞めていることに繋がることも多い
・親が自分の人生をまっとうすると子どもはグレない
・(感情を)我慢してそののちキレることを「それだけ我慢したんだから」と容認する。その暴力の方が本当は恐ろしい

・娼婦という職業を自分で選ぶことは人間である尊厳を損ないはしないと僕は思うんだけど、娼婦の自覚がない人が娼婦じみたことをやっていたら、それは傷つくでしょう。
・儒教社会であってもキリスト教社会であっても、とにかく母親も父親も”女の子の性欲”を否定しがち。それが先進国での”思春期以降の女性の自己肯定感の低さ”を生んでいるのは間違いないと思うんです

・エネルギーをきちんと現実社会で、他人に向かってセックス欲求として働きかけていくことも人生で一度はちゃんとしたほうがいい。そのアプローチの中には、単なるムラムラからのワンナイトスタンドもあり、魔が差したという言われ方をする友情セックスも、好奇心を満たすだけの冒険系も、恋愛感情を伴ったもの、結婚のパートナー選びの相性試しまでのバリエーションがあることを、これまた肯定していく。
・まだまだ愛がなければ性欲を発揮しちゃいけないと、セックスをすべて恋愛というきれいごとを前提にする傾向が強いけれど、そのある種の洗脳をはずす。

紹介した本

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