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2001年、始めての転職活動


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転職を決意する

税理士になると意気込んでいたはずが、お金の無さと将来の見えなさに意気消沈し、税理士を諦め、再就職することを決意した。

希望の条件

憧れは経理職。
しかし、ハローワークは「経理の中途採用は経験者のみです」とつれないことを言う。

そして、私には、経理よりも重視していることがあった。

それは、「引っ越しをしたい」ということ。
大阪に不満があるわけではないが、日本のあちこちに住みたいという希望を学生時代から持っており、転勤がある仕事に就きたかったのだ。

そういう訳で、あちこちに支店がある、ある程度大きな会社が希望だった。

人材派遣業

新卒第一社目の会社は、刺身トレー屋だったが、「エンドユーザーの手に渡った瞬間にゴミになる」と思ってしまった瞬間から仕事が辛くなっていった。
なので、自分が誇りを持てる事業をやっている会社に就職したかった。

さて、誇りを持てる事業とは何だろう?

思いついたのは、人材派遣業。

携帯電話会社のコールセンターは、派遣契約での仕事だった。
フルタイムでは働けないが、少しだけ働きたいという私の希望にマッチした仕事を紹介してくれた。
そんな融通を利かせてくれるとは、派遣って、すばらしい!
そう思ったのだ。

この時、西暦2000年の年末。
前年1999年の12月の労働者派遣法の改正で派遣業種が原則自由化となったばかりのこの頃、派遣という新しい働き方に世の中が盛り上がりを見せていた。
その盛り上がりに見事に乗せられ、転職のターゲットを人材派遣業者に定めたのだった。

転職活動

当時のインターネット事情

この頃には、インターネットが普及し始めていて、WEB上で採用情報を公開している会社が増えてきていた。
友人から不要になったノートパソコンを安く譲り受け、夜23時になるのを待って人材派遣会社を調べた。

ピィィィィィィーーゴォォォォォォーーガツンガツンガツン…

23時を過ぎると電話代を気にせずともインターネットに接続できるが、その分、回線が込み合って接続が難しくなる。
そんな中でも頑張って地方に支店がある人材派遣会社を6社ほど見つけ出した。

さて、当時はまだ、WEB上に採用情報が公開されていても、応募は手書きの履歴書を郵送するのが一般的だった。

履歴書を6枚用意し、地方にも支店がある大手の人材派遣会社6社に郵送した。

転職活動、順調?

数日後、郵便受けに封筒が2通入っていた。

1通は、丁重なお祈りの手紙とともに、私の履歴書が同封されていた。
もう1通には、筆記試験のお知らせが入っていた。

喜び勇んで筆記試験を受けに行き、数日後には一次面接、また数日後には二次面接と、順調に選考が進んだ。
また数日後に内定の電話が掛かってきたときは、とても嬉しかった。

「いやあ、けっこうあっさり転職先が決まったなあ!」

こう喜んだ私は、相当甘い。

6社に応募して、1社に合格した。
よくよく考えると、あとの5社は全て履歴書だけで落とされていたのだ。

最初の1社から不合格の手紙が来た時は一瞬落ち込んだが、同じタイミングで違う1社から筆記試験に呼ばれ、そこからトントン拍子で内定まで進んだので、他の5社のことをすっかり忘れていた。
だが、最初の会社を2年で辞め、その後2年近くアルバイトや短時間の派遣のみだったのだから、当時の転職事情から考えると、履歴書だけで落とされる方が一般的だろう。

当時は、自分がそんなギリギリのところにいるとは露とも思わず、指定された入社日である2001年5月1日を楽しみに待っていた。

次回に続く

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