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寝不足が続くと身体は壊れる。私の内臓が壊れるまでとその後について


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2004年の出来事

話は前後するが、2004年は私にとって大きな意味のある年だった。
後々まで影響を及ぼす事件が3つあったのだ。

それは、この3つだ。
・寝不足が原因で体調を崩す
・東京都大田区から茅ヶ崎に引っ越す
・近鉄バファローズとオリックスブルーウェーブの合併が発表される

3番目はともかく(私は近鉄ファンである)、最初の2つについては書き残しておこうと思う。

寝不足が原因で体調を崩す

マーケで未収入金の照合をしている間、私は日中は経理で通常の業務をし、業務時間終了後マーケに移動し、終電もしくは始発まで仕事をしていた。
始発で家に帰っても、ちゃんと朝9時には会社に出社していた。
こんな生活で、まともに睡眠時間が取れるわけがない。

ただ、この生活は誰に言われたものでもなく、私が好んでやっていたものだった。
業務終了後にマーケに行くのは、大好きな友人の家に遊びに行くような感覚だった。
とても楽しかったのだ。

しかし、いくら楽しくても、寝不足は身体を蝕んでいった。

前兆

朝、布団の中で、時計を睨みつけていた。
会社に行く時間である。

寝坊したわけでも、眠いわけでもない。
なぜならもう2時間も前から、布団の中で身動きが取れずに時計を睨み続けている。

しかし、身体がビクとも動かない。
私の布団にだけ重力が5倍くらい掛かっているのではと疑いたくなるほど、身体が重くて動かないのだ。

やっとの思いで身体を布団から剥がし、会社に向かった。

これは今日始まった問題ではなく、ここ数日ずっとそうだった。

産業医面談

私は自分が布団から出られない原因を寒いからだと思っていた。
時は2月。
ただただ寒い。

私は、経理部長に言った。
「最近、朝いつもギリギリですみません。会社に行かなきゃと思うのですが、身体が動かなくって」

部長に注意されるかなと思ったが、何も言わなかった。
私はミーティングスペースに連れていかれ、最近の状況をいくつか聞かれた。

その後部長は人事部長のところに行き(経理部長と人事部長は同期で仲が良いのだ)、戻ってきてこう言った。
「産業医のところに行け。これ、予約の電話番号。」

寒いことが布団から出られない理由と思っていた私は、話が大げさになったことに戸惑った。

でも、部長がそう言うのなら、ということで、渋々と産業医の先生のところに行った。

産業医の先生は、私の血圧を測り、「低血圧ですね」と言った。
「週明け、私の病院にいらっしゃい。ちゃんと診察しましょう」

病院とは!
ますます話が大げさになったことに驚いた。

病院へは、最初の1回だけ行った。
忙しいことを言い訳に、それっきりになった。

本番

産業医の先生のところに行ってから3ヶ月が経った。

その日も私はいつも通り出社し、机に向かっていた。
だが、どうにもこうにも胃がムカムカして、だんだん座っていることすら苦痛になってきた。

あまりに辛いので、昼休みを利用して病院に行くことにした。
ありがたいことに産業医の先生の病院は会社のすぐそばにある。

病院にて

診察室に入る。

「しずかさん、今日はどうしました?胃がムカムカする?ではそこに横になって。ちょっとお腹を押すね」

診察台に横になった。
先生が私の胃の辺りを押した。

その瞬間、私の喉がゴボッと音を立てた。

看護師さんが「キャーッ!」と悲鳴を上げた。

生温かい液体が口からこぼれ出たのを感じた。

私の口元に添えられたタオルが真っ赤に染まる。

洗面器に、私の中から湧き出る濃い赤い液体がどんどん溜まっていくのを見ながら、頭の中はやけに冷静で、口の中に広がる味について考えていた。

慌てふためく看護師さんとは対象的に、先生も冷静だった。

先生は私が落ち着くのを待って、聞いた。
「しずかさん、朝ご飯は何を食べましたか?」

私は答えた。
「トマトジュースです」

診察室が一瞬静まり返った。

「なるほどね。」

先生の声を合図に、看護師さんたちは自分の仕事に戻った。

真相

先生が説明してくれた。

「人は起きている時は交感神経が優位で、眠っている時は副交感神経が優位になります。
内臓は人が起きている時に活動し、眠って副交感神経が優位になると休むのです。
しずかさんは、夜、眠っていなかったため、内臓が休むことができずに、動かなくなってしまいました」

私の胃が寝不足に耐えかねて、ストライキを起こしたということか。
その結果、朝7時に飲んだトマトジュースが、そのまま胃の中で5時間保たれ、先生に胃を押された時に外に出てきたらしい。

私がトマトジュースを吐き出している時、口の中に広がったのは、純粋なトマトジュースの味だった。
胃酸のあの嫌な苦さは全く感じなかった。
私の胃は完全に動きを停止し、ただの袋になっていたのだ。

強制終了

そして、これは寝ないと治らないということで、私はその場で注射を打たれた。
注射だけでは足りないと、座薬まで入れられた。

座薬は恥ずかしかったが、胃が活動休止中のため、口から薬を飲めないので仕方がない。

そのまま眠りにつき、目が覚めたら、夕方4時だった。
胃のむかつきは無くなっていた。

薬について

そこからしばらく、薬に頼る生活となってしまった。

最初に病院で私に処方されたのは、デパスという抗不安薬だった。

当時の状態

実は当時、夜、家に一人でいると、強い不安に襲われるようになっていた。
そして布団に入っても眠れなかった。

眠れなくても、横になって目を閉じていれば問題ないという言葉を信じて、ただ横たわっていた。

横たわっているときの私の頭の中はこういう状態だった。

私はなんてダメなやつなんだ、今日も未収入金は進まなかった、こんなことすらできない私はなんてダメなのだろう、他の人達も仕事ができない私が邪魔で仕方ないに違いない、もっとがんばらなくちゃ、でももう無理、どうすればいいんだ、こんなわたしが生きていたって仕方がない、死んでしまえばすべて解決する、ああでも私が死んだら両親は私を産まなければよかったと思うだろう、年老いた両親にそう思わせるのは親不孝過ぎる、生きてても死んでも人に迷惑をかけてしまうなんて、わたしは最悪な存在だ…

自分を責める言葉がずっとずっと頭の中を渦巻いていた。
自分をひたすら責め続けながら、外が明るくなるのを待つという毎日だった。

私が私を責め続けたのも、寝不足で精神的にやられていたことが原因である。
そして、自分で自分を責め続けたからこそ、ますます眠れなくなるという悪循環だった。

薬の効果

デパスは、私には相性が良かった。

夜眠る前、デパスを1錠飲む。
そうすると、それまで自分を責め続けていた言葉がピタリと止まり、「あれ?私、何を考えていたのだろう?」と思うようになる。
そして、ぐっすりと眠ることができた。

夜眠れるようになると、体調が劇的に回復した。

長いこと悩まされていた便秘まで治り、寝不足のせいで胃腸の調子が鈍っていたことにあらためて気付かされた。

薬を止めるまで

その後半年ほどデパスを飲み続け、そこからハルシオンという睡眠導入剤に切り替わった。
(余談だが、これがソフィアの『黒いブーツ』という歌に出てくる「春四音」かと感動した)

ハルシオンには2年ほど頼ったが、ある日突然「もう薬はいいや!」と思い立ち、そこから薬を飲むのを止めた。

離脱症状等は全くなく、あっさり薬を止めることができた。

その後

今では薬に頼らずとも夜眠ることはできるし、自分を責める言葉が私を追い詰めることもない。

しかし、身体は弱くなってしまった。

今でも少しでも寝不足になると、内臓の調子が悪くなる。
どんなに楽しいことがあっても、無理ができない身体になってしまった。
 

大きな声で全人類に告げたい。

寝不足は身体に良くない。
内臓を壊すし、精神も壊す。

辛いことで寝不足だろうが、楽しいことで寝不足だろうが、関係ない。

一度壊れた身体は、もう二度と元通りにはならない。

睡眠は何より大切なのだ。
 

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当時の心境と、薬以外の対応策を書いた記事

次回に続く

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