封じ込めた感情との再会~大塚あやこさんのビリーフリセットカウンセリング前編


決めたこと

ひとつ前の記事で、「会社員を辞めることを決めた」と書いたが、本当に決めたことは「何が起きても結果は全部引き受ける」ということなのだと思う。

来年の夏に、会社と会社員を辞めることは前から考えていた。
それを行動に移すことができたのは、「何が起きても結果は全部引き受ける」と決めたからだ。

退職を考える一年前に退職を表明することで会社に居づらくなることは大いに考えられる。
もしかしたら「明日から来なくていい」と言われる可能性もある。

でも、それでもいいかな、と思えた。
自分がいいと思うことをやるのなら、それに伴う結果は全部引き受けよう。
人に迷惑をかけることを恐れて自分の思いを封じ込めるよりも、迷惑をかけたら全力でそこに向き合うことを考えよう。

こう思えるようになったのは、カウンセリングセッションのおかげだった。

ビリーフリセットカウンセリング

私は今、ビリーフリセットというカウンセリング手法を学んでいる。
幼い頃に自分の心に染み付いた物事の受け取り方の癖を知り、その癖との付き合い方を変えることで、自分が本来持つ可能性にアクセスできる、という考え方に基づくカウンセリングだ。

そのビリーフリセットの師匠の大塚あやこさん(以下あやさん)のカウンセリングを受けた。

あやさんのカウンセリングは以下の流れで進んで行った。

相談内容

通常のあやさんのセッションでは、「パートナーに対してイライラする」や「仕事でこういう状況になるとうまくいかない」といった具体的な事象について相談し、そこに潜むビリーフを探るところから始めるのだと思う。

私の場合は、講座で学んだり他のカウンセリングを受けたおかげで、自分の行動を妨げる思考の癖には気がついていた。
メカニズムを知っていると小さな軽い癖なら気付いただけでも付き合い方を変えることができるのだが、どうしても一人では向き合えないものについてあやさんに相談したかった。

私の、自分ではどうにもできない思考の癖は3点ある。
・自分の感情にアクセスできない
・人前で感情を表に出すことができない
・誰かに私を選んでもらうのが怖い

3つめの「誰かに私を選んでもらうのが怖い」とは、こういうことだ。
例えば、私はかつて営業職をしていた。
お客様が、ライバル社の商品より、私が勧める商品を購入した時、私の中には大きな恐怖心が湧き上がる。
その恐ろしさは、自分のところの商品を買わないでほしいとお客様に懇願したくなるほどだ。

恋愛でもそうだった。
相手がいくら私を好きだと言っても、どうにもこうにも信じられない。
居心地の悪さすら感じる。
夫はその点よかった。
彼は人生で一番大切なものが野球で、仕事も彼女も二の次だ。
野球の素晴らしさは私も重々承知している。この世に野球ほど素晴らしいものはない。
「野球の次」というポジションは、私的にも満足のいく居心地のいいものなのだ。

あやさんに「どれに取り組みたい?」と聞かれて、この3つめの「誰かに私を選んでもらうのが怖い」と向き合うことにした。
選んだ理由は2つある。
ひとつは、3つの中で、私にとって一番訳のわからないものであること。
もうひとつは、この先、会社を辞めて自分の力を前面に出して生きていきたいという思うとき、自分を選んでもらうのが怖いという思いがあるうちは達成できないことが分かっていたからだ。

感情に触れる

1.状況把握

私が相談したい「誰かに私を選んでもらうのが怖い」という思いについて、あやさんからいくつか質問があった。

「人に選ばれると、どういう気持ちになるの?」
責任が生じるのが怖い。
後悔させてはいけないと思う。
相手が求めているものをいつでも提供しなくてはとも思う。

「それができなかったら、どうなるの?」
相手に責められる。
信じてたのに!裏切られた!期待してたのに!
こういう罵声を浴びせられる。

他にもいくつか質問を受け、私の思いが具体化していった。

2.心に降りていく

ある程度話をしたところで、あやさんから身体の声を聞くワークをしないかという提案があった。
目をつぶって、あやさんが私に話しかける。
そのとき、自分自身がどういう反応をしたか、もしくはしないかを感じてほしい、というものだった。

目を閉じて、深呼吸をする。
頃合いを見て、あやさんが声を掛けてくる。
その後いろいろありすぎて、このとき何と声掛けされたのかは忘れてしまったのだが、期待に応えられなかった私を責めるような言葉だったと思う。

その後、感じたことを聞かれた。

肩が重苦しかった。
背中がざわついた。

「悲しい」や「辛い」といった感情を表す言葉は出てこない。
「感情にアクセスできない」「人前で感情を表に出すことができない」のどちらか(もしくはどちらも)が働いているのだろう。

3.心に触れる

あやさんは私に聞いた。
「肩や背中に触ってもいい?」

肩の上にふわりとあやさんの手が乗った。

あやさんは私に声を掛け続ける。
肩が張り、背中が強張る。

あやさんの手が、私の硬直した筋肉を撫でる。
手の温かさが伝わってくる。
ふっと背中をやさしく押され、ほぐされる。

その時、突然、私の目から涙が溢れ出した。
言葉にできない感情が、涙になって溢れ出す。
自分でも何が起きたか分からないまま、ただただ流れる涙に身を任せる。

自分でも気づかなかった感情を認めたとき、涙が溢れ出したことがないだろうか。
自分でも押し殺していた本当の自分の気持ちに気が付いたとき、心が震えて涙が溢れ出すことがある。

あやさんは、このとき私の身体の外側から、私の心を探り当て、そっと手を当ててくれた。
私が押し殺していた私の心は、あやさんに見つけてもらえて嬉しかったのだろう、喜びに震え、涙を流した。
涙を流す私の感情を、もう私は無視するわけにはいかなかった。

相手の期待に応えられないと、私には生きている価値が無いと思っていた。
自分の能力が相手の期待に達していないことがバレないように、必死に頑張っていた。
頑張って頑張って頑張って、でもどこまで頑張っても、相手の期待に100%応えられる人間にはなれなかった。
もう頑張れないよと私の心は悲鳴を上げていた。

やっと私は私の感情に出会えた。
長いこと抑えつけていた感情の存在を受け入れることができたのだ。

感情の源を探りに

感情との涙の再会が一段落ついた頃、あやさんは聞いた。
「このままビリーフリセットする?それとも、家族の関係からこの問題を見てみる?」

自分の奥深くに抱えている問題を見つめたかったので、家族の関係を見る方をお願いした。

この家族を見るワークが、想像をはるかに超えて、圧巻だったのだ。

後編はこちら

ストレングスコーチになるまでの試行錯誤と
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