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ヤクザの隣人と過ごす、楽しいマンションライフ


シリーズ「会社員の歩き方、私の場合」の過去記事リストは→こちら

前の記事はこちら→茅ヶ崎への引っ越し編(後篇)取引先の方の死が教えてくれたこと

新しい隣人

顔も知らない隣人が引き起こす数々の血生臭い出来事に耐えかねて、東京から茅ヶ崎に引っ越しをした私。
茅ヶ崎では隣家とは良好なコミュニケーションを取ろうと決めていた。

もちろん積極的に遊びに行くことはしないが、顔を合わせた時はこちらから挨拶をした。

先方はそのたびに困った顔をしていた。
そもそも、ばったり会ったら目を逸らされる。

なんて人見知りでシャイなご夫婦なのだろう!
私は半ば意地になって、挨拶をし続けた。

隣人の不思議な生態

会うたびに挨拶をし続けていたら、とうとう向こうも折れたのか、挨拶を返してくれるようになった。

その頃、私の目には、先方の不思議な生活ぶりが目に入るようになっていた。

毎朝の洗車

隣家のご主人は、よっぽど車がお好きなようだった。
真っ白なベンツを保有し、毎朝自分で洗車をしていた。

茅ヶ崎は、国道1号線や134号線など幹線道路は整備されているが、一本脇道に入ると細い道も多く、私の住まいもそんな細い道沿いにあった。
日常生活を送るには小型車の方が便利な場所である。
であるが、隣家のご主人はゴツくて大きなベンツがお気に入りのようで、毎朝ピカピカに磨き上げていた。

そのベンツは窓ガラスが黒く塗られ、ナンバーが「・・・1」だった。
まるでヤクザの車のような外見である。

私は心の中で「ヤクザカー」と愛称をつけて呼んでいた。

(※トップ画像は「ぱくたそ」からお借りしたもので、隣人の車ではありません)

溢れる発泡スチロール箱

このマンションは、1フロアに部屋が2つしかないので、共用部分の廊下がほぼない。
あるのはエレベーターホールだけだ。

そのエレベーターホールは、隣家の所有する発泡スチロール箱で溢れていた。
日々、数が増減するのでゴミを置いているわけではなさそうだが、正直言って邪魔だった。

直接言うのも角が立つので、マンションの管理会社に相談したことがある。
担当者はとても困った声で「機会があれば言っておきますが、たぶん無理だと思います」と言った。

なんて気弱な担当者なのだろう。
これでは管理会社の意味がないと溜息をついた。

津軽弁と標準語

隣家と私には共通点があった。
それは、クーラーが嫌いということだ。

私はどんなに暑くても、家では極力クーラーをつけずに窓を開けて過ごす。
それは隣家でも同じらしく、夏が近づくにつれお互いが窓を全開にし、生活音が聞こえてくるようになった。

日常の生活音は気にならないが、電話の声は丸聞こえだった。
しかも隣家のご主人は電話が好きらしく、ほぼ毎日誰かと話している。

ご主人はどうやら青森の出身らしかった。
4年間弘前に住んでいた私でさえ聞き取れない流暢な津軽弁を使ってご両親と電話をしていた。

津軽弁、懐かしいなあ、と聞こえてくる会話を微笑ましく思っていたが、ある日不思議なことに気がついた。
ご両親とは津軽弁で話すのに、「アニキ」と呼んでいるお兄さんとはきれいな標準語で話すのだ。
しかもご両親とはくだけた話しぶりだが、お兄さんには敬語を使う。
そしてお父さんとの電話ではお父さんのことを「おど」と呼んでいるのに、お兄さんとの会話の中では「オヤジ」と言う。

もしかしたら、「アニキ」は奥様のお兄さんなのかもしれない、と考えた。
だが、義理の兄のことを「アニキ」と呼ぶだろうか?
そして、義理の父のことを「オヤジ」と呼ぶだろうか?

人の家族のことはわからないが、なんとなく違和感があった。

映画のセリフ?

その日も隣家のご主人は誰かと電話で話していた。
最初は普通に話していたが、そのうち激昂し始めた。

そして怒鳴った。

借りたものは返すって、幼稚園児でも知ってるぞ!
こっちは慈善事業してるんじゃねーんだ!!

本気の怒鳴り声にびっくりしたが、ヤクザ映画に出てくるような大げさなセリフに吹き出しそうにもなった。

隣家の正体

このように不思議な生態を見せる隣家だったが、隣人が何者かを知ったのも、聞こえてくる電話からだった。

アニキとの電話

その日も、ご主人は「アニキ」と電話で話していた。

そのときご主人は居住まいを正して(壁の向こうだが、その気配を感じた)、こう叫んだのだ。

「ワタシが堅気相手の金貸しという仕事ができているのは、全てアニキのおかげです!」

金貸し…?
堅気相手…?

まるでヤクザのような仕事じゃないか。

いや、待てよ。

ヤクザのような車に乗って、ヤクザのようなセリフを吐き、ヤクザのような仕事をしてるって、これはもうヤクザじゃないかー!!!

派手なTシャツ

この半ば確信のある予想を裏付ける事件が、程なく起きた。

外出

その日、私が外出のために家の扉を開けたところ、すぐ目の前に隣家のご主人がいた。
ご主人はこちらに背を向けてしゃがみ込み、発泡スチロール箱に向かって何か作業をしていたのだが、人がいると思わなかった私は驚いて声を上げてしまった。

私の声にご主人が驚いた。
くるりとこちらを振り返り、私の顔を見ると「わあ!!!」と大きな声を上げ、「すみませんすみません」と言いながら家に引っ込んでしまった。

そのときご主人は、赤青緑が混ざった派手な柄の身体にピタリとフィットするTシャツを着て、下はトランクスのみだった。
トランクス姿を見られたのが恥ずかしくて、家に引っ込んでしまったのだろう。

そこまで恥ずかしがらなくてもいいのにと思いつつ、外出をした。

帰宅

夕方、帰宅すると、家のチャイムが鳴った。
オートロック付きのマンションに住んでいるので、ダイレクトにチャイムを鳴らすのは隣家の人くらいだ。

ドアを開けると、隣家のご夫婦がいた。
「本日はすみませんでした」と謝ってくる。
「いえ、私のほうが先に大声あげちゃったから…」と言っても、先方はひたすら謝り続ける。

そして、「つまらないものをお見せして本当に申し訳ございません。これはお詫びです」と言って、私の手に紙袋をつかませた。
つまらないものと言われても全く見当がつかないが、先方は立ち去ってしまった。

いただいた紙袋はシャトレーゼのものだった。
中にはホールケーキが入っていた。
直径20cmを優に超える、大きな大きなケーキだ。

一人暮らしで、この大きさ、どうすりゃいいんだよ…。

私はなぜ自分がお詫びの品として大きなケーキを貰ったのかが全くわからず、困惑していた。

真相

ケーキを食べながら、その日一日を回想した。

朝、ドアを開けたら、隣家のご主人がいた。
身体にフィットする派手なTシャツを着ていた。
私が驚いたら、ご主人がこちらを振り返った。

あのTシャツ、背中と腕は派手だったけど、前面は無地だったんだよなあ。
しかも肌色の無地。
そして、滑稽なことに、乳首がありそうな位置に、茶色い丸い模様が入っていた。
変なTシャツだったなあ…。

…?
……??
………!?!?

あの茶色い模様、乳首みたいな模様じゃなくて、本物の乳首じゃないか?
肌色の無地のTシャツじゃなくて、本物の肌じゃないか?

ということは、あの、派手な柄は、Tシャツじゃなくて、直接肌に描かれたものではないか!?!?

あの色鮮やかさ、背中から腕まで前面を埋め尽くす精緻な模様、あれは本物だ!!!

そう考えると先方の「つまらないものをお見せして」というセリフの意味もわかってくる。

「つまらないもの」どころか相当立派な和彫りであるが、おいそれと人に見せるものではないのかもしれない。

私は意味もなく部屋をぐるぐると歩き回った。
とにかく気持ちを落ち着かせたかった。

ケーキは2日かけて食べきった。

その後の関係

せっかく挨拶を交わす中になったのに、また隣人は私と目を合わさないようになってしまった。

でも私は挨拶をし続けた。
ドアを開けたら目の前に人がいたことに驚きはしたが、怖い思いをしたわけでも、嫌な思いをしたわけでもないから、挨拶を止める理由はない。
それより何より、もうすっかり隣のご夫婦が好きになっていたのだ。

だから、引っ越してきた時と同じように、半ば意地になって挨拶し続けていた。
そのうち、以前のように、会えば挨拶をし世間話を交わす関係が復活した。

だが、明らかに、何かが変わっていた。

マンションの治安

当時の茅ヶ崎は、バイクが爆音で走り回る町だった。
一時の暴走族ブームの頃に比べるとはるかに減ったのだろうが、茅ヶ崎にはまだ残っていた。
国道からほんの少し入ったところにある私の住むマンションの前にはちょっとした空き地があり、彼らの休憩スペースとなっていた。

またマンションのすぐ近くにスナックがあり、酔っぱらいが見送りに出てきたホステスを空き地に連れ込もうとすることもあった。

そんなバイクの音や、ホステスの悲鳴が聞こえると、隣家のご主人の出番だ。
ベランダに出て「うるせーぞ!」と巻き舌で一喝する。

バイクは蜘蛛の子を散らすように逃げ去り、酔っぱらいは酔いが覚め、静かな夜が戻ってくる。

こうやってもともとマンションから半径5m以内の治安は隣家のご主人によって保たれていたのだが、更にご主人が夜警に立つようになった。

私が夜遅く帰ってくると、マンションの前に腕を組んだ隣家のご主人がいる。
それはなかなか威厳ある姿で、事情を知らない人は近づけない迫力がある。

壊れたドア

ある日、私の部屋のドアの立て付けが悪くなり、鍵が掛かりにくくなったことがあった。
ガチャガチャやっていたら、隣の奥さんが「どうしたの?」と出てきた。
「ドアの調子が悪くてうまくやらないと鍵が掛からないんです。管理会社に電話したら、予定が一杯でしばらく来れないって言われちゃったんです」

奥さんは「それは困ったわね」と同情してくれた。

さて、その日、管理会社から私の携帯電話におびただしい数の着信があった。
慌てて折り返すと、担当の方は泣きそうな声でこう言った。
「お隣の方から電話があって、女性の一人暮らしの家のドアが壊れてるのに修理しないとは何事かと怒られちゃいまして…。お留守のところ申し訳ありませんが、今から修理させてください。」

家に帰ると、ドアは直っていた。

他にも

マンションの水道ポンプが壊れて修理のために一時断水することになった。
そのときも隣家のご主人が管理会社に「俺達は昼間買い物に出られるからいいけど、一人暮らしの子は水を買いに行く暇がないだろ!」と電話をして、全世帯にペットボトルの水がダンボールで届けられた。

他にも、直接私の目には触れないが、私が快適に暮らせるように誰かが裏で手を回しているのを感じていた。
常に誰かに守られている、そういう感覚があったのだった。

隣人との別れ

私の茅ヶ崎ぐらしは3年半続いた。
ずっと住み続けたかったが、結婚相手の職場の都合で、結婚と同時に茅ヶ崎を離れた。

茅ヶ崎から離れる最後の日、隣家に挨拶に行ったら、結婚が決まったことを喜んでくれつつ、とても寂しがってもくれた。

管理会社立ち会いのもと部屋の確認をしていた時に、隣家の奥さんがやってきた。
扉を開けると、卵を1パック持っていた。

「うちの人、毎朝車で出かけてるでしょう。あれ、山に烏骨鶏の世話をしに行ってるのよ。闘鶏用の烏骨鶏を飼ってるの。
そしてこれ烏骨鶏の卵。前からわかってたらちゃんとお祝いできたのに、こんなものしかなくてごめんね。
でもほんとに結婚おめでとう。」

趣味が闘鶏。
毎朝ベンツで山に行き、鶏の世話をし、汚れた車を洗っている。
闘鶏のために発泡スチロールの箱が時々入用になる。

最後にわかる新たな情報に「はあ」と頷くしかない。
ありがたく卵を受け取る。

奥さんが帰ったあと、いつの間にかお風呂場に隠れていた担当者が出てきてこう言った。
「隣家の方と、普通にお話できるのですか?」

普通にお話できるどころか、最後、ゴミの日が合わなくて出しそびれた私のゴミを、代わりに捨ててくれるほどの仲ですよ。

卵1パックを抱えて新居に引っ越してきた私を、夫は不思議そうに眺めたが、卵はとても美味しかった。
引っ越し直後、調理道具が片付いていないときに食べた烏骨鶏の卵かけご飯は、ありがたく、美味しく、記憶に残る味だった。

さて、また話は前後するが、次回から仕事の話に戻る。

次回に続く

次の記事は→12/10掲載予定

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