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イチローは変わらないことで変化する アメリカ旅行記2016 vol.9

2017/01/31

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私が最後にイチローを直接この目で見たのは、イチローが日本でプレーした最終年の2000年だった。
その時は特にイチローを見に行ったのではない。
当時、大阪在住の近鉄バファローズのファンとして足繁く大阪ドームに通っていた。
たまたまその日がオリックス戦で、いつもの通りにイチローが先発出場していた。それだけの話だ。

その時から16年経ち、わざわざ日本からフィラデルフィアまでイチローを見に行った。
私の目に映ったイチローは、変わっていたし変わっていなかった。

イチロー構え

最初に目に飛び込んだのは、変わっていないイチローだった。
マイアミ・マーリンズの二番打者として先発出場したイチローは、試合開始と同時にネクストバッターズサークルに出てきた。
肩をほぐすかのように、バットを左右に大きく振る。
さらに肩の調子を確かめるかのように、バットを大きく回す。
膝に手を置き、肩甲骨を押し込むように動かす。
バットでスパイクをポンポンと叩いたら、準備完了だ。

そして、バッターボックスに向かう。
まず膝の屈伸をする。
バットを何度か左右に振り、最後に一度、大きくグルリと回す。
ピッチャーに向けて、バットを立てる。
バットを持った方の腕の袖口を軽く引っ張り上げる。
そしてバットを構える。

16年前から変わっていないルーチンだ。
この16年の間、同じ動きをいったい何回行ったのだろう。
毎日淡々と同じことを繰り返す求道者ぶりに気が遠くなった。

ただ同じことを繰り返しているのではない。
イチローのルーチンは、昨日と同じことを昨日より高いレベルで行うための儀式に思えた。
ひたすら高みを目指して這い上がるために、今の自分を確かめる、そのための動きとさえ思えた。

イチロー守備

この日のイチローのささやかな見せ場は、守備のときに訪れた。
フィリーズの攻撃中、ランナー3塁で、飛球がイチローの守るライトに上がった。
3塁ランナーは一応タッチアップで走る素振りだけは見せたが、全く走る気がないことは明白だった。
イチローもそれを分かっていて、ボールを掴んだ後すぐにホームに向かって送球するのではなく、二拍ほど置き、それからビッチャーに向かって矢のような返球をした。
走る気のない三塁ランナーも、走らせる気のない三塁コーチも、イチローの送球技術をリスペクトしていることが伝わってきた。

そして観客もイチローに一目置いているようだった。
この日の試合はフィラデルフィア・フィリーズの本拠地で行われ、観客は99%以上がフィリーズのファンだった。
しかし、イチローが打席に立つと、あちこちから「イチローだ」「おい、イチローの番だぞ」「イーチーローーー!!!」と話す声や声援が聞こえた。
敵チームのファンにとっても、イチローは見る価値のある特別な存在なのだ。

イチロー正面

観客の声を聞きながら、イチローも変わったなあ、と思っていた。

オリックス時代のイチローが、数年連続で首位打者のタイトルを取っても観客が減り続ける現状を前に「何本ヒットを打てば注目されるのだろう」と呟いていたのを思い出した。
その時から3000本ものヒットを積み重ね、イチローは日本から多くのファンがアメリカにその姿を見に行く存在になり、アメリカでもどのチームのファンかに関わらず注目される存在になっていた。

イチローが、自分のスタイルが理解されずに苛立ったり嘆いたりしていたことも思い出した。
目の前のイチローは、多くの視線の中でも変わらず自分を貫き通し、もう苛立ちも嘆きもなく、のびのびとイチローらしさを発揮していた。

マーリンズの投手が調子を崩し、マウンドに捕手と内野手が集まっている時、ライトを守っていたイチローはそっとセンターのイエリッチの隣に移動した。
レフトのオズナもそれを見て寄ってくる。
率先して若い外野手を束ねる姿にも変化を感じた。

イチロー守備陣

変わらない毎日を送り続けることで、変わり続けていくイチロー。
安打数をいくつまで増やすのかという記録に意識が向きがちだが、イチローの真価は記録ではなく、その生き方にある。
記録を追うだけなら、テレビで見てても構わない。
しかし、イチローのことは、野球好きであってもそうでなくても、一度、球場に足を運んでその姿をじっくり見て欲しい。

「同じ空気を吸える幸せ」

そんなことを思わせてくれる選手は、そんなに多くはいない。

バックスクリーン

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