プロフィール

しずかみちこ

会社員をしつつ、Gallup認定ストレングスコーチとして活動中。
野球と美味しいものが好き。
ストレングスファインダーの結果:収集心・最上志向・戦略性・未来志向・分析思考

メディア出演

・J-WAVE 「TOKYO MORNING RADIO」
・NHK 「私たちのこれから」
・RCCラジオ 「恋するテレフォン」

これまでの歩み

1974年
神奈川県横浜市生まれ

1978年
宮城県仙台市に引越し
この年に起きた宮城県沖地震の記憶は、今でも鮮明に残っている。
※このあたりから熱狂的巨人ファンの両親に、巨人ファンとなるべく育てられる

在りし日の県営宮城球場(現コボスタ宮城)

在りし日の県営宮城球場(現コボスタ宮城)

1993年
高校を卒業と同時に青森県弘前市へ引越し
初めての一人暮らしは、6畳一間の下宿からスタートした。
※大学在学中、各球団の四番バッターを集める巨人に嫌気が差し、巨人から遠ざかるようになる。

1997年
大学を卒業と同時に福岡県甘木市へ引越し
包装資材メーカーの営業として就職。
部長以上の役職者が1人を除いて皆同じ苗字の親戚同士ということは、入社後に知る。(社名もその苗字がそのまま使われている)
仕事内容は、車に商品を積み、客先を訪問すること。
営業エリアは広く、走行距離は毎月5000kmに達するほどだった。
この会社は規定の拘束時間が月曜から金曜は朝8時〜夜7時まで、土曜は朝8時〜夕方5時までと、労働基準法を全く気にしていない会社だったが、当時はそのことに気づかず、世間一般的にこういうものだと思っていた。
※ダイエーホークスのお膝元の福岡にて、AMラジオしかついていない営業車に一日中乗っていたため、自然とパ・リーグへ興味を持つようになる。

1998年
勤務先の大阪支社に欠員ができる。
福岡本社の同僚が大阪に移動することが決まっていたが、当時の恋人の就職が関西地方に決まったため、大阪支社長を強引に説得し、大阪支社への転勤を奪い取る。
しかし、営業先が、京都・兵庫(淡路島含む)・和歌山・奈良・三重・愛知・岐阜・福井・富山・石川と広範囲で、月に20日以上出張をする日々となったため、恋人にはほとんど会えず、すぐに破局。
しかし、元来、旅行好きだったため、出張三昧の日々を楽しんで過ごした。
※この年、近鉄バファローズの試合を球場で観戦し、破天荒さに惚れ込む

近鉄戦を初観戦。ナゴヤドームにて

近鉄戦を初観戦。ナゴヤドームにて

1999年
社長にパソコン・ワープロの使用を禁じられ、次期社長となる社長の息子もそれに賛同したため、会社の将来が不安となり、退職。
パソコン使用禁止の理由は「手書きのほうが早いから」だった。
その後、たまたま勉強した簿記にはまり、税理士を目指すようになる。

2000年
喫茶店のウェイトレスにてアルバイトをしながら、税理士試験の勉強をする。
収入が足りなくなり、某携帯電話会社コールセンターの派遣スタッフとしても掛け持ち就労。
税理士試験は、消費税法を受験し、合格。
しかし、仕事を掛け持ちしながら勉強する生活に、体力的にも金銭的にも限界を感じて、税理士を諦める。

2001年
大手人材派遣会社に就職。
同年、経理部への転勤が決まり、東京都大田区へ引越し。

※転勤直前の忙しい最中、会社を抜け出して行った大阪ドームで、北川博敏の代打逆転サヨナラ満塁優勝決定ホームランを見る。
その様子がテレビ中継に抜かれたが、呆れられたのかお咎めなしで東京へ旅立つ。

この会社では、始発で家に帰り、またすぐ朝9時に出社し業務を開始するほどのハードワークを経験したが、社内の雰囲気はとても良く、尊敬する先輩たちもたくさんいて、楽しく過ごした。
しかし、慢性的な寝不足が内臓の酷使に繋がり、胃がカチンコチンに固まって動かなくなるという症状を発症した。
今でも寝不足が続くと、すぐに胃腸の調子が悪くなる。

2004年
突然思い立って、神奈川県茅ヶ崎市へ引越し

※近鉄バファローズ、この年にて消滅。
その後、近鉄がオリックスと合併したことがきっかけで、阪急ブレーブス(現オリックス)ファンの夫と出会う。

京セラドームにて試合観戦

2008年
結婚に伴い、埼玉県熊谷市に引越し。
熊谷から東京まで、通勤に往復3時間かける生活となる。

2009年
早期退職制度を利用し、人材派遣会社を退職。
社員数が、入社時の800人から2000人超へと急成長するに伴い、全社員の名前すら覚えきれなくなり、人間相手に仕事をしていると思えなくなってしまったことが、退職理由の一つ。

その反動で、全メンバーが社長2人+正社員2人+派遣とアルバイト数名という、立ち上がって間もないオンライン英会話を営むベンチャー企業に転職。
経理・人事・法務等、バックオフィス業務全般の立ち上げを担当。

2010年
夫の東京転勤に伴い、東京に引越し。

※オリックスの気になる存在だった迎祐一郎が広島カープにトレード。
カープ戦を中心に、アンチ巨人となった後は長らく見ていなかったセ・リーグを真剣に見始める。

2012年7月14日。ハマスタで2発のHR!迎さんが選手生活の中で一番輝いていた日

2012年
オンライン英会話業の会社を退職。
仕事は非常にやりがいがあり面白く、上司や同僚にも恵まれていたが、毎日の終電帰りによる体調不良と、上場準備への自分の能力不足、夫の病気、故郷宮城で起きた震災等々、いろいろなことが重なり、休息が欲しかった。

震災後に故郷仙台に掲げられた楽天イーグルスの看板

震災後に仙台に掲げられた楽天イーグルスの看板

休息するつもりが、共通の知り合いがいるWEB製作会社の社長に「ちょっと仕事を手伝って欲しい」と言われ、ちょっとだけ仕事を手伝う…つもりが、ここがブラック企業で抜け出せなくなる。

2013年
WEB製作会社から何とか逃げ出す。
その話は、こちら参照。

2014年
中規模の業務請負会社に経理として転職。
仕事を引き継いでくれないのに、会社にも出社してこない上司に業を煮やし、自力でどのような処理をしているのか読み解いて仕事を進め始める。
その結果、上司が会社のお金を横領していた証拠を発見し、事件に発展。
裁判に必要な資料作成と、簡単に横領ができる杜撰な業務フローを新しく作ることがメインの仕事となる。

※迎祐一郎、この年で引退。まさかの打撃コーチ(当時補佐)就任。

2015年
上司の横領事件に関する裁判等が一通り終了したところで転職。
総勢100数名の不動産会社の経理として入社。

2016年
在職中の会社の一つの事業部が、新会社となり独立。
その新会社の経理課長として、新しい業務フローを作成。新システムの開発にも関わる。

※坂口智隆に続き、近藤一樹までも、ヤクルトに入団。
消しきれない近鉄熱が再び燃え上る。

2018年
ずっと好きだったストレングスファインダーのワークショップを前年から行っていたが、好きが高じて、Gallup認定ストレングスコーチの資格を取得。
この資格を活かした仕事をしたく、会社に退職を願い出るが、プロジェクトの途中なのであえなく却下。
会社が嫌いなわけではないが、やりたいことを我慢する気にもなれず、両立を目指すこととする。
まずは、持ち前の分析好きな資質を活かして、ストレングスファインダーを使用した「自分の強みを活かした人生の過ごし方」を提案した個別セッションを行っている。

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